本当の覚悟の入口
不義理って何だろうと思ったが実家に帰っていたことかと考え、ご両親に稽古を付けてもらったのかとたずねると、そうだと答える。青白い炎を出せるようになったのも、彼女の母親である奥様から伝授された結果だという。
一から鍛錬を始めるだけでなく魔法も身に着ける必要があり、そのせいで合流が遅れたと教えてくれた。正直もう二度とやりたくないけど、子孫のために鍛錬の方法などは詳細に記して残したとも付け加える。
ノガミ一族を見ると血が薄まれば薄まるほど厳しい気がしたが、青白い炎を出せなくとも厳しい稽古の先に得られるものがある、そう考えて頷くに留めた。先ほどから近付いて来ていた気が間近に迫り、イーシャさんの前へ出て剣を構える。
「参ったねどうも……大将連中が前に出て行ったと思ったら飛んで帰って来やがった。その上俺に殿をしろとさ」
「随分と働き者だなコウガ」
ゆっくりと森の奥から現れたのは久し振りに見る友人のコウガだった。彼の後ろにはアラクネと大型花が左右に付き従っており、こちらに対して隠さず堂々と晒してきて驚くが、他にもいくつか手札があるから晒したのだろうと警戒する。
彼がスパイであると疑ったことはない。ここ最近見ないなとは思っていたので、クライドさんと同じように洗脳されているのかと思ったけど、まさか進んでそうではないと教えてくれるとは意外だった。
一時とはいえ相棒として過ごしたことから、懺悔の気持ちが出て来たのだろうか。見知らぬ世界で初めて出来た同年代の知り合いでもあり、元々友人が居ないこともあって相棒と呼べる他人が出来、嬉しかったのを昨日のことのように思い出す。
「そんな当たり前みたいに受け取られると少しショックだな相棒」
「ショックを受けているさ。こちとら記憶喪失後に出来た同年代の友人だからな」
正直に気持ちを吐露したところ鼻で笑われてしまう。家族に恵まれ友人に恵まれれば大きなショックを受け、膝を地面に着くくらいはやるのかもしれない。残念ながら恵まれたのは親が捨てた先の先生たちだけで、友人が出来ても素性を知られると波が引くように去って行く、それを繰り返されている。
相手にも事情があるしそんなものだと思っているからこそ、そう大したショックは受けないのだろう。虚しい話だがこの局面で体験が役に立ったなら意味はあった。別問題としてこの世界で初めてできた同年代の男の友人を殴れるか、という新たな問題が浮上する。
今までであれば付き合いが無くなればそれでよかったものの、今回はそうはいかない。放置すればヨシズミ国が危なくなるし、ラの国に攻め入っても背後を突かれる危険があるので、ここで逃がすわけにはいかなかった。
「センチメンタルになるようなことを言うなよ。俺たちは元々敵同士。こちらの都合で一時期世話になったが、それもヨシズミ国の情報を得るためだった」
「二重スパイをやっていたのか」
隠す必要は無くなったとばかりにコウガはすらすら話す。盗賊団の仲間を殺された件は良いのかと問うも、元々ヨシズミ国への工作のために潜入していたという。シンラがすべて倒した後に合流し撤退する予定だったが、撃退され別の形で潜入しろと言われたらしい。
「お前がお人好しで助かったよ。アリーザを奪取することにも成功したし、アイザックよりもスパイとしては最高の手柄を立てられた」
「そうか……」
まぶたの裏に皆で過ごした一瞬だったが幸せだった日々が映る。初めて出来たかけがえのない家族だ。出来れば誰一人として失いたくない、その為にネオ・カイビャク領の不可侵領域まで赴いた。帰って来たらアリーザさんは居なくなり、コウガまで居なくなろうとしている。
つくづく幸せとは縁がないんだなと思うと笑ってしまう。何が可笑しいと問われたので、自分の生まれた星巡りを思っただけだと答えた。
「大人しくやられてくれれば俺は大幹部になれるんだが」
「悪いな、そこまでしてやれなくて。俺でなければ最後に待つ相手が満足してくれないらしい。テオドールとイエミアにも急かされてるから、お前との勝負に時間は掛けれないんだ」
「負けられないのも目的があるのも同じだな。お喋りはこれくらいにして始めようか」
出来れば説得を試みたいところだが、コウガのスパイとしての年月や覚悟を感じると無駄だと分かる。自分が正義の味方でないことは理解しているが、友人の命をいざ奪うとなると足がすくんでしまった。
記憶の中にある皆との思い出の中に彼もいるのだ。アリーザさんが居ない今、コウガまで失ってしまうのかと思うと気持ちが鈍る。戦わなければならないことも、最後まで一人になっても行かなければいけないことも、覚悟はしていたつもりだった。
最終決戦までにこれ以上の決断を迫られるのは間違いない。コウガでこれほどまで動揺するなら、次は立っていられないかもしれないと思い始める。
「ジン様、ここは私が」
ふいに左手を握られ見るとイーシャさんが優しく微笑みながら、手を強く握りそう言ってくれた。逃げることは許されないと散々心の中で言っていたのは、本当は逃げ出したいと思っていたからかもしれないと今は思う。
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