ヤマナンさんの好物
「ヤマナンさんですか?」
最初に名乗った人がミリアムさんと交渉をしている間に、他の人にヤマナンさんについて聞いてみる。すると口々にヤマナンさんは元々狩人としての腕も一流だと言い、今はヨシズミ国との交渉も代表して行っていたと話す。
冒険者ギルドに所属したのも国から要請があったからのようで、引退したのも怪我ではなく疲れたからだと聞いたらしい。元々都会の暮らしに合わず、そろそろ交渉も別の人に譲りゆっくりしたいと洩らしていたようだ。
能力に長ける相手や優遇される者を、妬んだり羨んだりすることはあるかと聞くと笑われてしまった。狼としては協調性が重要視されており、一族の傾向として目立つことを恐れているので、妬んだり羨んだりはしないという。
たしかに第一印象からして激しさは感じられず彼らの話に納得する。こうして色々情報を得た結果、ヤマナンさんは誰かの指示か自分からかは分からないが、暗闇の夜明けに潜入しているのではないかという疑念を抱いた。
誰かというのは陛下か宰相閣下だろうけど、確認すればヤマナンさんが危険に晒される可能性が高くなる、そう考え心の中に留めておく。次の戦場であるラの国は、この星で生まれ育った人々が出れる最後の戦いになるだろう。
彼が拒否してもそこで連れ戻さなければ、むざむざ死なせることになる。クロウがこちらに付いた今、イエミアたちが最後の切り札を切る時に加減をする訳がない。殺されるよりも酷い目に遭うのは目に見えていた。
乱戦になると手加減も難しいしどうしたものかと考えていた時、ミリアムさんの白い袋が目に入る。彼らが好物ならばヤマナンさんも同じではと思い聞いてみたところ、あれを教えたのはヤマナンさんなのではないかと言い出した。
村の古い文献にはあるがそれがヨシズミ国にあるかは分からず、さらについ最近この辺りに撒かれ始めたので、皆疑っていたと教えてくれる。どう疑ったのかとたずねたところ、ヤマナンさんが食べたかったから作らせたのではというものだった。
内容を聞き終えて少し間が出来、その後ウォルフ一族の人たちと共に声を上げて笑った。あのおじさんが自分の好物を黙って他人に作らせる。その姿を想像しただけで可愛いやら可笑しいやらで、しばらく笑いが止まらなかった。
「では、ヤマナンさんを見掛けたら一度村に戻るようお伝え頂けますか?」
「会ったら必ず伝えます」
ミリアムさんとの交渉が終わり、ウォルフ一族はそう言って引き揚げていく。こちらも食料はある程度確保で来たし、鉱山管理事務所へ戻ることにする。
「なんか用か?」
避難場所として提供されたところには簡易な寝床があり、寝転ぶと皆直ぐに寝入った。なるべく抑え気味の声でジロウを呼ぶと、答えたので外を指さし手招きしながら出る。浮遊しながらこちらに付いて来たので森の近くまで移動した。
用は聞かなくても分かっているはずだと問いに対して答えたが、さてねとジロウはとぼける。彼自身も、今のままではレイメイを危険に晒すことくらいは分かっているだろう。ジレンマがあるとすればそれが自分だけで解決できるものなのか、こちらとしては判断しかねた。
元々杖になる前はなにをしていたのかなど不明な点が多いのもある。一番気になっているのは人間から武器へ変化した点だ。テオドールは一度や二度成功したところで諦めるような男ではない。何度試しても成功したのはジロウとウィーゼルの父親のみであり、妲己は魂を自ら刀に乗り移らせたので少し違うと思う。
ウィーゼルの能力自体もただの鍛冶屋と大妖怪の娘、というだけでは納得いかない凄さがあった。たった二例しかない成功を、偶然や奇跡で片付けるにはあまりにも乱暴な気がしている。そう考えるに至った最大の要因は、ジロウが不動明王様の加護を得られたことだった。
加護が得られたのは自分とヤスヒサ王のみでその血縁には加護が無い。直接戦闘に参加しているノーブルですら加護は得られないでいる。必要だからという一言で済むと言えば済むが、なにか加護を得られる理由があると思った。
「……お前口は堅い方か?」
じっと話すのを待ち続け夜の闇が深くなったころ、用心するような感じで問いかけてくる。べらべら喋るタイプなら、今頃世の中大騒ぎになるような話は幾らでもあるよ、そう返したがまた沈黙した。
「まぁ黙ってても埒が明かないだろうしな、喋るわ。察しの良すぎるお前ならわかってるんだろうが、俺もお前と似たような存在だった」
似たような存在とは? と聞くとなんと異世界から来たと答える。場所や年代を問うと平成の歌舞伎町から来たらしい。あやふやなら疑いようもあるが、年号に町名までハッキリ言われたら疑うのも難しいだろう。
聞けばジロウも自分と同じような境遇だったが、ろくに学校も行かず中学の時に抜け出し夜の世界に入ったらしい。悪いことは大抵して来たし地位も上がり順調だったが、突然一斉摘発を受けた。すんでのところで逃亡に成功したものの、逃走中に意識を失い気付けばここに居たという。
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