ウォルフ一族
「皆、ここで果物を食べたりしててくれ。彼女の袋を探してくるよ」
今ここに居ると余計なことをしそうなので、嫌なおじさんになる前に距離を取る。ミリアムさんの袋を探しに行くという口実があってよかった。歩きながら袋の中身を思い出したが、人間が食べても美味しそうな作り方だ。
絶滅した狼というのは実はだいぶ前にいなくなっており、ヤマナンさんの一族が変身して動いていたのではないか、という考えが頭を過ぎる。本来この辺りは狼の縄張りだったが、何らかの理由で絶滅しそれを知ったヤマナンさんの一族が変身し、この辺り現れ均衡を保ってきたのかもしれない。
もう少し文明的に発展していればクッキーのような食べ物も理解出来るが、この環境破壊も汚染もない世界では違和感があった。直接聞けば少しは分かるかなと思っていたところで、かすかに右方向から気配を感じる。
随分と都合が良いが、ひょっとするとこちらが一人になるのを待ってたのかもしれない。距離的には離れたし一度止まって様子を見ようと考え足を止めた。臭いを嗅ぎながら周囲を見回していたところ、左の草むらから何か白い布が見える。
手に取り袋を開けようとした時、右側にあった気が増大し向かって来た。ゆっくりそちらを向くと巨大な狼が口を開けて飛び掛かってきている。すぐさま袋を上に投げ風神拳を放つ。修行のお陰か補正のお陰か分からないが、溜めを作らず放っても以前より威力が増していた。
狼は口に風を受けて回転しながら森を突き抜け吹き飛んでいく。ヤマナンさんにしてはあっさり吹き飛ばされたなと違和感を感じ、こちらを欺くためにフリをした可能性を考え構えていると
「お前はジン・サガラか?」
草むらから複数の先ほどと同じ大きさの狼が現れる。そう言えばヤマナンさんの一族の村があると聞いたことがあるが、この近くだったとは思わなかった。複数のヤマナンさんが相手となれば呑気にしていられない。
即座に気を増幅させ纏い臨戦態勢をとったところ、一斉に草むらの中に隠れてしまう。不意打ちを狙うべく身を隠したのかとさらに気を増幅させた瞬間
「ま、待ってください! 戦う気はないのです! どうか落ち着いて!」
そう襲い掛かってきた狼の仲間に言われる。最初に仕掛けて来たのはそちらでこちらから戦闘をする気はないが、用件はなんだと聞くと落ち着いてくれたら出ていって話します、と条件を出してきた。
まるでこちらが悪いみたいな言い方が腑に落ちないものの、仕方なしに丹田に気を納める。彼らは直ぐには出て来ず、しばらく様子を見てから恐る恐る草むらから出て来た。さらに間を置いてから狼たちから煙が発し、少しして煙が晴れると普通の村人が狼の代わりに立っている。
「初めましてジン・サガラ。我々はウォルフ一族と申します」
長髪の白髪で無精ひげを生やした男性が前に出てそう名乗った。ヤマナンさんの仲間ですかと尋ねたところその通りだと認める。彼らの本来の姿は狼であり森の神を信仰していたところ、ある日突然魔力を得て人間にのみ変身できるようになったと言う。
この付近でひっそり暮らしていたが、宰相閣下によってヨシズミ国建国当初に見つかり、以来協力関係にあったそうだ。今ヤマナンさんが何をしているのか知っているかと問うも、急に連絡が取れず困っていて何か知らないか、と逆に聞かれてしまった。
こちらも分からないと答えると皆落ち込んだ顔をして俯く。まさか本当のことは言えないので、ここで何をしていたのかと話を戻す。彼らはそれを聞いてはっとなりこちらの手をじっと見る。視線の先を見たところ、ミリアムさんの白い袋だった。
「これ、欲しいんですか?」
恐る恐る尋ねると皆一斉に大きく頷き、真剣なまなざしでこちらを見ている。手招きすると同時に距離を詰めて来たので誰か一人手を出してください、と言うと先ほど名乗った人が手を出した。他の人たちは不満げな表情をしたが無視し、袋の口を開いて掌に向けて逆さにする。
ころんころんといくつか丸いクッキーみたいなのが出て来た。その動きを彼らは凝視していたものの、落ち着くとこちらから離れ誰が食べるかどう食べるか、話し合いが始まる。
「お待たせしました」
結局全員で割って食べ、終わると改めてこちらに向き直った。彼らは宰相との話し合い後、この辺りの治安維持をし続けているらしく、最近この餌があちこちにばら撒かれ調査に来たと言う。餌を撒いているのは生態学者のミリアムさんで、この辺りの生態系を調べていると教えると、少し悩んだ結果直接話したいと言い始める。
どうやらこれを森に撒かれ続けると生態系に影響が出るため、出来れば控えて欲しいというか直接貰いたいらしく、交渉をしたいと言い出した。ミリアムさんの夢が壊れるんじゃないのかなと危惧したが、生態系に影響が出るのであれば致し方ないなと考え、彼らと共に元の場所に戻る。
「あ、ああ」
先ほどまでの話をするとミリアムさんは膝から崩れ落ちた。申し訳ないことをしたなと思い謝罪したがそうじゃないと言われる。絶滅した狼に目が眩み、まさか自分が生態系の破壊に関与していたなんて、と自分の浅はかさに落ち込んだと言う。
「生き物は生きているだけでどの種族だろうと荒らしている。それが生きると言うことだ」
ルキナが近付きミリアムさんにそう声を掛けた。彼の言葉に涙と鼻水を垂らしながらミリアムさんは頷き感謝する。
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