異世界転生の先輩
「よし、もうこれなら大丈夫だろう。帰って十分睡眠をとれば体になじんでいるはずだ」
朝が来て夜が来てまた朝が来た時、田上コウさんはそう言って頭を下げながら剣を背中に仕舞った。相手をヒヤッとさせる一撃を一度も入れられなかったものの、終わりを告げられる頃には力の加減などが分かった、と言っても過言ではない状態になっている。
さすがだなと思い感謝を述べるとそれが依頼だからと笑顔で言う。こちらはチート能力の補正を受けただけでなく、新たな力も覚醒させたのにまったく攻撃が通じなかった。彼の本気はどれくらい凄いのか知りたいという好奇心が頭をもたげ、思い切って聞いてみる。
「そうだな……君は主に技主体だと思うんだが、俺は自分の体と武器で戦う。見た目も変化ないし見ていて面白くないと思うよ」
微笑んだままだったが背中がぞくっとした。こちらの攻撃を全て防いだ彼が弱い訳がないのはわかっているが、最終戦の前に彼の力の欠片でも良いから体験してみたくなる。異世界転生の先輩の力を見ていたいです、と言うとなら少しだけと言って剣を一振りだけ引き抜いた。
「これは黒隕剣という俺の初期から共に戦ってくれた愛刀だ。君も剣は一振りだしこれで」
両手で真っ黒なロングソードを握り腰を少し落とす。背丈は変わらないくらいに見えていたのに、二倍にも三倍にも大きく見えるくらいの気を感じる。力を見たいと言った自分の軽率さを瞬時に公開しかけたが、お願いした手前止めようとは言えずこちらも構えた。
「では」
頷いた次の瞬間には切っ先を下に向けた彼が目の前におり、斬り上げが来ると思って剣を横にし剣腹で受けようと試みる。
・
「ジン、目が覚めた!?」
気が付くとシシリーとウルクロウが顔を覗き込んでいて、その後ろには板が並んでいた。頭が混乱してしまい状況を理解出来ない。先ほどまで田上コウさんに稽古を付けてもらっていたはずだ。まさか夢なのだろうかと振り返ろうとした時、
―夢じゃないよ
ウルクロウがにやりとしながら教えてくれる。自分を放り投げた仕返しだ、と言わんばかりの嫌らしい笑みに腹が立つ。体を起こしてみるとそこは初めて見る木造の小屋で、シシリーにここはどこかと聞くとヨシズミ国だという。
受けただけで気を失いここまで運んでくれたのか、それとも吹き飛ばされてここまで来たのか気になり、彼女に聞いたところ国と森の境目のところで寝転がっていたらしい。辺りにへこんだ場所や木が折れてたりしないかとも聞いたが、まったく異常は無かったようだ。
一撃受けた……いや、正確には受けるまで見れずに気を失ってしまったことに驚愕し、まだまだ修行が足りないのではないかと疑問を抱く。
―残念ながらそれは違うね。コウは惑星一つを救った後も、他の星を旅して戦い続けている歴戦の勇士であり最強の勇者だ一泡吹かせたいというなら、この戦いを生きて戦い抜いてみせることだね。
彼と対等に渡り合うには実績も経験も足りない、それは修行が足りないということとは違うとクロウに言われ、素直に納得するしかなかった。修行も大事だが実戦も大事であるというのを痛感する。今回のコウさんとの修行を経て、本人が拒否しない限りは他の皆を出来るだけラの国へ連れて行きたい、そう強く思った。
人生は続いて行くし、世界の状況からして戦いもまた続いて行く。避けられるなら避けたいが、元の世界と比べ法の縛りも効果が薄い世界では、戦いは向こうからやってくる。機会があるならば、強敵や大きな戦いには出来るだけ参加した方が良いだろう。
怪我だけでなく命を落とす可能性があるものの、強敵や大きな戦いを生き抜いた経験は何物にも代えがたい。人間族よりも強い種族が襲ってきた場合、修行しただけでは立ち回りもおぼつかず足元をすくわれる、今回の修行ではそれを教えられた。
ふぅと一息吐いてから寝かされていたベッドから出て、部屋の端にあった扉を開けて外へ出る。目の前には木の柵とその向こうに牛が並んでおり、どこかで見たことあるなと思い始めた。
「おう兄ちゃん! 目が覚めたか!?」
左側から声を掛けて来た人がいるので見ると、おじさんが牛を引きながら立っている。急いで駆け寄りお世話になりましたと頭を下げたところ、以前助けてもらったからお互い様だという。おじさんと牛を見て、冒険者を始めた当初に依頼で来た畜産農場だと思い出した。
御久し振りですというと本当に久し振りだと言ってくれ、握手を交わし再会を喜んだ。おじさんはヨシズミ国が被災した後農場を解放し、国の人たちに寝泊まりをする場所を提供しているようだ。森と町の境界線あたりで倒れているのをシシリーたちが見つけ、声を上げていた二人の近くを偶然おじさんが通りがかり、運んでくれたと教えてくれる。
再度お礼を述べたところ困った時はお互い様だよと言ってくれた。冒険者をしていて良かったなと思うのは、こうして色々な人と深い縁が出来ることだ。縁が無くても助けてくれるかもしれないが、最初に相手の助けになっていれば助けやすいだろうし、助け合いお互いさまが生まれてくる。
感動しつつおじさんと二人で世間話をしていると、他の従業員の方たちも来て再会を喜び合った。
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