森の風
寂しそうに微笑むベアトリスを見て過去を想像しそうになり頭を振る。当人の辛さを正確には分かってやれないし、それを言わないのだから勝手に想像して同情したりしては駄目だ。いつか話したくなったら黙って聞いて頷き、必要であれば肩でも胸でも貸そう。
「それは良いわね。未知のモノを恐れずしっかり向き合えるのは大事よ? 慌てて錯乱したら下手な妖精なら殺されてるかもしれないし」
「妖精って殺すの? 人間を」
「妖精って元々悪戯が度が過ぎるくらい好きな生き物ですからね。自分の好奇心を満たす為に煽ったり禁忌を冒してアイテムを与え、国を割る様な戦争を起こさせたりするのよ。あまり同じとは言いたくないけど、ゴブリンも一応妖精よ邪悪な方のだけど」
「ゴブリンも妖精なのか? 誰かに召喚されたりとか?」
「無くは無いわね。私みたいに花から生まれたり自然発生するのが主だけど、邪悪な意思を持つ者に召喚されるとしたらゴブリンが筆頭だわね」
「最近森でゴブリン見てない?」
「見た。ジンも知ってるの?」
俺はマゲユウルフを探しながらこの世界に来た時の話をする。二人には記憶喪失で気付いたら居たっていうていではじめ、村の森でゴブリンに襲われ退治したがその後町に移動しその件を伝え、危険性があるからと再度村に行くと無かったことにされていたところまで話した。
「なるほどね……それは怪しいなんてもんじゃないわ。誰かが呼び出したにせよゴブリンは発生したら後は増殖するだけだし、その為には思考生物を何でも侵して増えるわ。森から生物が消えてなくなるかもしれないなんて子供でも知ってるのに」
「そうよ可笑しいわやっぱりあの村」
ベアトリスはそう言ってハッとなり、慌てて笑って誤魔化した。ベアトリスと兄もあの村の何かを見ていたし、村と町の繋がりを怪しんでいたから町に来なかったんだろう。お兄さんと会うにはやはりどうしてもあの村にはいかなきゃならない。俺がこの世界に来て最初にあの村に辿り着いたのも何か理由がある筈だ。
「あ、マゲユウルフ!」
シシリーは先導するように俺の肩から飛び立つ。それをベアトリスと共に追い掛けた。
「群れだったみたいだね」
シシリーが身を隠した木に俺とベアトリスも身重ね隠す。木からこっそり顔を出して三人で見ると、十頭ほどマゲユウルフが固まっていた。群れでここまで来ているとなると、山に餌が無くなってしまい止む無く降りて来たのだろうか。魔法少女たちが設置していった紋様の影響は、人間より寧ろ動物の方が多大な影響を受けている気がする。
「追い払うのは出来ても一時的なものだろうな。シシリーはこの辺に魔法の仕掛けみたいのがあるのを見た覚えは無いかな」
「私の家はこの辺じゃないから探してないのよね。でもジンの読み通り、この辺に魔法の仕掛けがあるような気が私もするわ」
「シシリーはそれを探せる? 俺にはさっぱり分からないんだよなぁ」
「それは良いけど破壊出来そう?」
そう言えば破壊する方法を教わって無かったな。シスターのやり方を真似てみるか。
「チャレンジしてみたいっす」
「了解。じゃああのマゲユウルフをこのまま追い掛けましょう。彼らが逃げなくなった付近に恐らく紋様がある筈よ」
俺たちは再度マゲユウルフの前に姿を晒し声を上げ、マゲユウルフたちが逃げるよう仕向けた。相手は獲物に未練があるのか俺たちが倒そうとして追って無いのに気付いているのか、距離を保ちつつ後退し続けている。
「近くに何かあるわ」
マゲユウルフたちを追って首都を囲む山から離れたところにある丘陵近くに到着すると、そこでマゲユウルフたちは足を止めてこちらを見た。まさか俺たちを誘導したのか? シシリーとベアトリスに視線を送り頷き合うとマゲユウルフたちが止まった更に奥へ迂回して進む。
するとそう進まない内に木を囲むようにして紋様が地面に描かれている場所を発見。近くにあった石を投げると弾かれた。俺は今朝教わったやり方を思い出し覆気を試みる。そして拳に意識を集中し、紋様を囲む円のふちの地面を強打する。
ゴッ! と言う音と共に地面に亀裂が走って数秒後、パリーン! というガラスが割れる音とガシャンと崩れる音がする。俺は改めて紋様を囲む円のふちに足を近づけ、弾かれないのを確認してからそのふちを足で擦った。
「随分と無茶をするなぁ」
マゲユウルフが居た方向から人の声がして驚き振り向くと、そこには白髪交じりのボサボサ頭に紺のシャツにスラックスと草履、緑を基調とし花の模様が幾つもあしらわれた羽織を着た六十くらいの人が立っていた。
その恰好からして異質ではあるが更に雰囲気が何か妙な感じがする。人間に見えるが人間じゃないような、存在がふわっとしてるような。
「君は素人じゃないのか?」
「えっと一応冒険者です」
「そう言う意味じゃないよ。誰から覆気を教わったのかって話だ」
「ティーオ司祭に今日教わりまして」
「今日!? それは無茶だな。焦るのも分かるが」
袖から煙管を取り出し指先から青白い炎を出すと先に持って行く。煙管の先端から煙がゆらりと上がり、反対側を口に銜え吸い込んでから吐き出した。無言の間が怖いのでどうにかしたいが蛇に睨まれた蛙のように動けない。
「まぁ良いか成功したんだから。この経験を糧にしっかり身に付けるようにな。でないと体を壊すぞ」
「き、気を付けます」
「じゃあ行って良し。またな」
そう言われてやっと足が動くような気がして足元を見ながら足を動かすと動いた。金縛りみたいな感じだったんだな。確認が終わり顔を上げると既に居なくなっていて驚く。
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