村正の正体
「ジン、どーどー」
戻って来て定位置に座ったシシリーにもなだめられ、振り上げた拳を下ろし息を整え落ち着く。破邪顕正モードを解くとウルクロウも肩に戻ってくる。マッドサイエンティストと気が合っても困るが、天敵になってしまっては不味い。
せっかくウルクロウという似た者がいるのだから、今のうちに耐性をもっとつけておこう。頭を切り替え、ウィーゼルの提案をテの国先発メンバーにもすると皆同意した。まだ何もしていないので嫌だというシスターの言葉に皆頷いている。
「本来であれば拙者も行きたいところでござるが」
マテウスさんは口惜しそうに言うが、未来のためにも荒らされた土地を護る人が大切だと慰め、後をお願いしますと告げてその場を後にした。
「で、あの刀はなんなのだ? アタイの目で見ても全く分からなかったが」
走り出してしばらくしてからシスターがウィーゼルに問いかける。少し間があった後であれは人の魂で作られた刀だと答えた。千子宇の禁忌の技として死ぬまで打ち続ける、というのはあるがそれとは違うという。
彼女が違うと知ったのは暗闇の夜明けに所属してからであり、テオドールが人の魂を使い杖を作ったのを見てかららしい。暗闇の夜明けで杖と言えば喋る杖のジロウだと思い、レイメイを見ると彼女は独鈷になったジロウを見ている。
「テオドールは何度も何度も試みていたけど、施設で出来たのは杖のみ。予想でしかないけど、成功した刀を回収するついでに吉綱を生き返らせたのかもしれない」
ジロウは答えず黙ったままだったので、ウィーゼルはジロウに触れず話を続けた。村正は自分の母親の魂を使い生成されたものの、死んではいないという。一度だけ村正を手にしたことがあるが、あれは常人に扱える代物ではない、と重苦しい表情で語る。
話が途切れてしまいシスターがどういうことか問いかけたところ、肉体という鎧を失った魂を刀に変えただけで強化された訳ではない、と答えた。
―魂は剥き出しになった人格の塊で、直接傷付けば元に戻らず最悪消滅する。肉体という鎧を失えば裸よりもろい。武器になるだけでなく直接攻撃するようなことになれば、肉体で受ける苦痛とは比べものにならないほど、強烈なダメージを受けるだろう。
ウルクロウの説明を聞いて鳥肌が立つ。話が正しければ攻撃をするたびに苦痛を受け、悲鳴が聞こえるはずだ。ウィーゼルが度々吉綱公に確認していたのは、悲鳴が聞こえて平気なのかということだったのではないかと思った。
「村正が隠されていたなら、吉綱公が人斬りに使ったのはウィーゼルのお父さんの方なのか?」
こちらの問いに彼女は無言でうなずく。父は吉綱公に村正ではないと気付かせないため、堪えに堪えていたと涙声になりながら教えてくれる。ウルクロウにしてもらった解説を皆にもし、一刻も早くあの刀を取り戻そうと話したが、ウィーゼルは危険な場合は壊してくれて構わないと言った。
―魂だけになるってことは、体裁もなにもなくなるってことだからね。肉体があるというのは多くの縛りがあるが、自分を律することにもつながっているんだ。
「私が握った時に聞こえた声は、もう私の愛した母では無かった。だから苦しませずに解放してあげられるなら、それが一番良い」
ウルクロウに続いてウィーゼルの話しを聞き、常人に扱えないという言葉の意味を知る。シスターが今もっている刀もそうかと聞くとなぜか父は平気だと言った。
―まぁはっきり言って特殊な例ってだけだよ。普通は彼女の母親のようになる。ジロウとか言う杖は直接攻撃をしないようだけどあれも特殊だ。テオドールは人体だけでなく魂もいじれる稀有な男だが、魂で物を作るなんて専門外だし運を使っちゃったのかもね。
楽しそうに話すウルクロウの話をスルーし、具体的に村正にはどんな効果があるのかと質問してみる。ウィーゼルは吸血効果と毒を付与する効果があると思うと教えてくれた。実際に使われていないため、母親の妖怪族としての能力と村正を持った時に聞いた叫びから、その二つだと判断したという。
テオドールは間違いなく吉綱公の体の状態を無視し、こちらを迎え撃つために分身をテの国に配置してくるはずだ。さすがに刀まで分身させることは出来ないだろうから、ボロボロの本体を目印に他を先に攻撃して行けばなんとかなる、と考えている。
―そんな考えで大丈夫かい?
どうやら駄目らしい。傷を負いたくはないものの、それは手練れである吉綱公相手には難しい。復気と怪我をした時のためにユーさんに用意してもらった薬草が、今回は大いに役に立ってくれるだろう。
吸血効果があるとなれば、かすり傷も早めにケアしておかないと匂いに釣られてくる気出した。
「もう直ぐテの国に入るみたいよ」
イサミさんの声にはっとなり辺りを見たところ、前方にテの国とマの国の二つが書かれた真新しい道標が見える。いよいよテの国かと思いながら通り過ぎ進んでいたところ、先の方を見ると建物も木もなく空が大きく見えた。
まさか崖かと思い皆に止まるよう声を上げながら、足を思い切り踏ん張り速度を殺す。止まれない人がいないか見ていた時、イーシャさんが止まれそうになかったので素早く駆け寄り、なんとか抱え上げギリギリのところで止まれほっとした。
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