村正の謎
どういうことなのかと聞くと吉綱公は話し出す。千子宇一族の技術の一つとして、刀を死ぬまで打ち続ければ名刀が出来るという技術があったものの、それは禁忌となっていた。ウィーゼルの父は将軍家のお抱えとなるため、その禁忌を破り取り組むも途中で体を壊してしまう。
寝床から起き上がれず回復を待っている間に妻がその方法を試み、偶然達成してしまい完成したのが村正だったらしい。妻の遺体の横にあった刀を見たウィーゼルの父は、刀の見事さに魅入られなかったことにする。村正を超えるものをと打ち続けたが、打ち続けるうちに妻に勝てないという絶望感に苛まれた。
仕事にも身が入らず納期も近くなったころにテオドールが家に現れ、ウィーゼルの父の願いを彼の命を犠牲とすることで叶える。村雨とは、ウィーゼルの父の命を使いテオドールの力によって作られた刀だ、と吉綱公は言う。
なぜ知ったのかと聞いたところ、強化され魔法を習得し村雨の記憶を覗いたのだと答えた。
「まぁ切れ味はワシとしては変わらんかったが、父親としては娘の元が良かろうと思って返してやったのだ。有難く思われこそすれ、憎まれる理由が分からん」
「村正は切れ味だけじゃないって今ならわかっているはずよ?」
「ほう、どうやらまだ知らない話があるようだな。よかろう戦ってやる……だが勝った暁には喋ってもらおう」
地面から突き出ていた手は、ウィーゼルと吉綱公を園で囲むように移動する。逃げられないように囲ったのかというウィーゼルに対し、あちこち逃げられても面倒だからこうしたと吉綱公は言う。多くの手は刀を離しており、近付けばどちらだろうと押し返すとも話した。
互いに構えて切っ先を向け合い、いよいよ始まるかと思ったがウィーゼルは吉綱公に対し、その刀で何回生物を斬りつけたのかと問いかける。首を傾げながら吉綱公はお前が初めてになるだろうと答えた。
彼の答えにウィーゼルは返さず気を高める。対して吉綱公も気に留めず構え、黒い気を発し始めた。場が静まり返り固唾を飲んで見守っていると二人は同時に姿を消し、金属がぶつかり合う音が手で出来た円の中から聞こえてくる。
妖怪族であり二つ名を得るほど名を馳せたウィーゼルに対し、人間族だと思われる吉綱公は一歩も引かない。元々剣の達人であるから腕は劣らないのは当然だとしても、速さにもついて行けるのは意外だった。誰よりも強くなるため強化されたその片鱗を見た気がする。
「なるほど、挑んでくるだけはあるようだな虫けらよ」
「褒めてくれてありがとうね。それより体の調子はどうかしら?」
二人が姿を現すと同時に鍔迫り合いが始まり言葉を交わす。どういうことかと吉綱公がたずねても、ウィーゼルは答えず押し込んで行く。自信満々だった吉綱公の表情は徐々に曇りだし、疑心暗鬼に陥り始めたように見えた。
村正の真実を知っているのはこの中ではウィーゼルだけであり、仮に引っ掛けであれば絶大な効果がある。知っていると言った吉綱公は、魔法を習得して日が浅い上に馴染みがなく、刀の記憶を見れたとしても真実だと信じきれない。
得物は命を預ける相棒でありただの道具ではないので、それが信じられないとなれば撤退も視野に入る重大な問題だった。吉綱公は将軍時代に千子宇一族に騙されていたようだし、村正を奪取したとしてそれが本当に村正なのか、という問題がここまでの問いでより強烈な疑問へと変化する。
「虫けらが……何度ワシを騙そうとすれば気が済むのだ?」
「騙したのは本当に私たちなのかしらね」
先ほどとは逆に今度はウィーゼルが気を発し吉綱公を弾き飛ばした。こちらも驚いたがそれ以上に彼は目を丸くして驚きを隠せない。ウィーゼルの度重なる問いに思考を混乱させられたとはいえ、明らかに格下と見ていた人物に弾き飛ばされた、という衝撃的な出来事に遭い彼は咆哮を上げる。
―いやぁナギナミの人間は実に純粋だねぇ。
こちらの肩に乗り退屈そうに見ていたウルクロウは、欠伸をしながら思念を飛ばしてきた。なにが言いたいのかと返そうとした時、この話の始まりを思い出す。千子宇一族よりももっと悪質で奸計を好む男がいたじゃないか。
ウルクロウに視線を向けるとニヤリといやらしく笑う。コイツもテオドールもどれだけ策を弄すれば気が済むのか、と思い呆れる。テオドールが噛んでいたとすればそれはもう最初からに違いない。ウィーゼルの母は千子宇一族の禁忌の技ではなく、父と同じ方法で刀になった気がした。
刀には何か特殊な力が宿っており、それに気付いた父親が封印したのではないかと推察する。特殊な力の正体は分からないが、ウィーゼルの問いからして村正で斬ることにより、使用者になにかしらのリスクが生じるのだろう。
ひょっとして吉綱公の全身を埋め尽くす紋様は、強化の副作用だとすれば刀の特殊な力に耐えるため、限界まで強化されたのではないだろうか。シンラやウソウにムソウですらあんなに多くは無かった。
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