ベアトリスの領域、俺の領域
宿へ向かいながら問うと、ベアトリスはこちらを見ずにそう返した。とても聞き辛いが聞かねばならない。何となく分かってはいたが早めに聞いておくべきだった。お兄さんと山で生活をして町に近寄らなかったのは何故なのか。
お兄さんとベアトリスも他国からこの国に逃げて来ていて、逃げざるを得なかった状況に追い込まれた問題に自警団が関わっており、自警団を見張り様子を探る為に山に居たんじゃないだろうか。そしてこの盾の持ち主が町に現れ盾を売り払い、その後何者かに殺されお兄さんも居なくなった。お兄さんが関係しているのは間違いない。
「自警団は不死鳥騎士団と関係があるのか?」
直接ベアトリスは不死鳥騎士団と関係があるかと聞く勇気が無かった。聞かなければ駄目だと十分わかってはいても、聞けば居なくなってしまう気がして別の言葉が口から出てしまう。情けない話だがこの世界に来てからだけでなく、元の世界でもこんなに長く一緒に居て色々な事を共に体験した人は居なかった。
まさかこんな時に自分は寂しかったのかもしれない、一人でいるのは嫌だったのかもしれないと実感するとは思わなかったし、居て欲しいと思うとは。自分自身の心の奥底にあったものに三十五年間気付かなかった事に驚き戸惑いながら無言のまま歩いていると
「多分ジンが考えている通りだよ」
そう答えて宿の中へ入って行った。サガとカノンが待っていたので笑顔でベアトリスは二人を連れて食堂へ向かう。俺はそれに対してどう考えたら良いのだろうか。ベアトリスとお兄さんが自警団を狙っていたのだとすると、お兄さんは今も村の周辺に居て様子を窺っているのだろうか。
自警団の連中がベアトリスを捕らえようとしたのは、ひょっとして様子を窺っていたのを知っていたからなのかもしれない。そうなるとお兄さんは村の近くには居ないだろう。そして自警団団長を助けに来た暗闇の夜明けも気になる。
表立って動くのを控えている連中がヨシズミ国を直接攻撃するような真似をしているのは何故だろうか……いや今はまだ直接攻撃するぞ、という素振りは見せているだけか。となると誰かを誘き出そうとしているのか? 一体誰を?
「さっぱり分からん」
今はまだ材料が足りないが、確実に繋がりつつある。そう遠くない内に答えには辿り着くだろうが、皆にとって幸せな結末になるよう出来る限りやる他無い。今日の件でシンラや魔法少女がこのまま大人しくしている可能性は無いと分かった。ティーオ司祭にもっと鍛えて貰いあの魔法に対抗する術を身に付けないと。俺は気合を新たに入れ直し弱気をねじ伏せ、空を見上げて息を思い切り吐いてから宿へと入る。
「ベアトリス、俺は約束は守るから! 任せろ!」
サガとカノンと一緒にご飯を食べていたベアトリスにそう力強く言うと、三人は目を丸くしてから声を上げて笑った。俺も我慢すれば良いものを言わずには居られなくてつい言ってしまった。さっきの様子からしてベアトリスが思い詰めて何処かに行くんじゃないかと思ったのもあったからだが。
「勿論! その為に私はここに居るから」
そう言って微笑んでくれて安心した。そう多くないであろう時を大切にしようと考えながら四人で食事をし就寝する。翌朝は何も無かったかのように普通に起きて皆で食事をし、ベアトリスは宿の手伝いをサガとカノンは町の学校、俺は教会へ向かう。
教会に着くとティーオ司祭にも昨日の件をシシリーのところは省いて話した。すると笑顔から真顔になり鍛錬が始まる。この日は組み手をやろうと言う話になり、シスター相手ではなくティーオ司祭が直々に稽古を付けてくれると言われて驚いた。
いつもはシスターと基礎トレーニングをした後に打ち方などを見てくれていたので、ティーオ司祭と向き合って何かをするのは初めてかもしれない。
「全身の毛に神経を行き渡らせるつもりで感覚を研ぎ澄ませなさい」
ティーオ司祭に言われた通り体の全ての部分を気にする感じで構える。ゆっくりとティーオ司祭の手が伸びて来て、丁度俺の手が伸びるくらいの位置に来た時違和感というか体が硬直する、身構える感じがした。
「感じましたか?」
いつの間にかティーオ司祭の手は俺の鳩尾に来ていて驚く間に突き飛ばされた。
「はい。体が固まって身の危険を感じたと言うか……」
「そこがジン殿の領域であり最終防衛ラインとでも言いましょうか、ある程度安全に対処出来る範囲です。その判断をしているのが気というものになります。人間が生きる為に必要な生体エネルギーですが、大体駄々洩れしているのでそれを上手く捉えて拳などに宿し攻撃力を増したり身を守ったりする方法を、覆気と言っています」
覆気はさっきの最終防衛ラインに障害物が入るのにも使われていて、常時発動したり対象を限定しないと森など歩けないと言う。そこで相手の覆気や駄々洩れの気のみを捉えられるよう鍛錬していくようだ。
「魔法使いたちにも有効ですか?」
「そうですね、彼らが無機質でなければ有効です。どんな生き物でも生命があれば気があるので。本来であればもっと後に教えるものなのですが、緊急事態になってしまったのでかなり飛ばして教えます。彼らの動きからしてもうそう遠くない内に目的を達すべく動くでしょう」
こうしてこの日はお昼までずっとティーオ司祭の手を避ける鍛錬を続けた。最後の方には目隠しをして行い全く捉えきれず倒されてばかりになってしまう。視界が塞がれているのがこれほど辛いとは。
司祭曰く夜の戦いではこれが出来るかどうかで大分違うと言う。今思うとコウガ首領は出来てたからこそ俺たちを灯りが無くても正確に待ち伏せ出来たんじゃないだろうか。そう考えるとホント運良く優勢になって引いてくれて助かった。
「何か思い当たる節があるようですが、戦いを重ねた者は自然に身に着きます。ですがそれを文字にし形してこそ先に進み更なる力を得られるのです。何となくで行けるには限界がありますからね。では依頼中も今日教えた点を忘れないように」
教会を出てからも俺は言われた通りの点を注意して行いながら宿へ戻る。慣れなくて腕を伸ばして届く範囲に人が近付くだけでビクッとしてしまい相手を驚かせてしまう。何とかこれを身に着けて魔法使いたちを倒せるようにならないと。
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