未来への責任
「じゃあまたな!」
森の中を走りつつ、修行に付き合ってくれたモンスターたちを見つける度に声を掛けていく。誰一人として身構えることなく見送ってくれる。修行に付き合うだけでなく、黙って見送ってくれたことに感謝しながら走った。
あっという間にデラウンに到着したものの、騒がれると困るのでリベンを目指すべく再度走り出す。修行の成果か直ぐにリベンに到着したが、今はサラティ様もニコ様もいないので魔法を使って移動は無理だろう、と思い船着き場に移動する。
シャイネンに向かう船を探しているとすぐに見つかり、船員の仕事をする代わりに乗せてもらえないか、と交渉すると直ぐオッケーが出た。なんでも船員が一人契約金を受け取って逃げたらしい。ギルドに届けて指名手配したが、新たに雇う余裕が無かったので助かるという。
荷運びを早速指示され乗降口の下にある荷物を積み込んで行き、終わると船員に声を掛け確認をお願いしたが唖然とされる。他に入れてないのがあるのかと確認したが凄い速度で首を横に振り、そのまま走って船内に移動してしまった。
なにか不味いことでもしたのかと振り返ったが思いつかず、指示があるまで余計なことはしないでおこうと考え甲板で待つ。船長が船内から出て来て乗降口を下りてまた駆け上がってくるとこちらに来る。
やり直すこととかありますかとたずねたら、険しい顔をしながらお前は誰だと言われた。さすがに名乗らないのは不味いかと思い、絶対に口外しないでくれという条件を出してから名乗る。なんでと言われたが、色々あって飛ばされこっちに来てしまいヨシズミ国へ帰りたいと答えた。
ギルドとかナビール氏に知られると事が大きくなるので、出来れば船員として仕事をしながら普通に帰りたいとも伝える。少し考えてから、船長はそっちがそれで良いならこっちとしては大歓迎だと言てくれた。
荷物運びが終わったら一応素性を軽く確認しようと思っていたそうで、特別待遇はしないが一人で五人分の仕事をしてくれた礼に、一人部屋を用意してくれるという。荷物運びが終わったので甲板で町を眺めていると下の乗降口から声を掛けられる。
船の乗客らしく別の船員に声を掛けたところ一緒に来てくれと言われ下りていく。舟券を確認した後で乗客の荷物を部屋まで運び、戻るとこの仕事を頼まれた。出港時刻が来るまで従事し、船長から出港だと言われ港に括りつけていた縄を他の船員と外す。
乗降口の梯子に最後に飛び移り甲板に上がると皆から感謝される。本当に久し振りに普通の仕事が出来ているなと感じ嬉しくなった。最初の頃は本当に小さな仕事をコツコツやっていたなぁと懐かしくなる。
「もうきっとあの頃には戻れないだろうな……」
大海原を眺めていると心の声が自然と漏れてしまった。ふと前の世界で昇進試験の話をもらった時のことを思い出す。昇進すればお給料が増えるだろうが、質素な暮らしをしていたし欲も無い。なにより自分のような身寄りもない人間が、他人の上に立つのもなんだか気が引けたので断ったのを覚えている。
異世界に来てひょっとしたら今度こそのんびり、と思ったがそうはならなかった。年齢だけでなく強さでも上に行くことを求められてしまえば断りようがない。断っても良いがただの害悪だ、と考えた時に司祭のことを思い出す。
収まるところに収まる者が収まらなければ、それは世界の歪みとなり自分すらも迷子になる。ある意味彼はもう一人の自分なのかもしれないと思った。自分の思うまま生き責任も取らないなら、周りには誰も居なくなる。生みの親がそうだったように、このまま行けば自分も親にはならなくとも生き方は似ただろう。
「自分とケリを付けて冒険王になるか……」
チートも無く最初からこの世界に生まれていればと考えなくもないが、そうではないのだからそれは切り捨てて、成すべきことを成そう。元の世界に戻ることもないのだから、いい加減夢から醒め過去の自分に似たものと決着を付けて進む。
ひょっとしたらヤスヒサ王も、この世界に来て自分との決着をつけたのかもしれない。最初から王ではなく冒険者として歩き、やがて王となった。前の世界では取り切れなかった責任を取るために。
「た、大変だ! 嵐が!」
気付けば空は曇り稲光が走り海が荒れている。船員は大慌てで甲板を駆け回り、置いてある備品を仕舞い出していた。慌てて自分も備品を回収しつつ、海に落ちそうな船員を助け船内に戻ると落ち着くよう声を掛ける。
船の下から船底に穴がと言われたので急いで走り、他の船員に補修材を持ってくるよう頼む。辿り着くと他の船員が居て、流された時に近くの岩場に当たり穴が開いたという。大きくはなくとも船底は海に触れていたので、急いで塞がなければ沈没してしまう。
他の船員から補修の板を受け取ったが穴に対して小さかったので、板を横に並べそれを近くにあった樽を破壊し出た板を縦に当て繋げ塞ぐ。抑えている間に他の船員に釘を打ってもらい、なんとかその場を凌ぐ。
揺れはその後も大きく、船員も乗客も身を寄せあって嵐が過ぎ去るのを待った。
「皆海に飛び込む準備を!」
船長がずぶぬれになって船内に入って来てそう叫ぶ。皆から悲嘆の声が上がりだし、取り乱し始める。海の専門家である船長が言うなら嘘ではないだろうが、見れば子供も赤ちゃんも居たし身重の人もいた。
このまま海に飛び込んで生き延びることが出来るのか。皆を掻き分け船長に近付き、どうすればなんとかなるのかと聞くもどうにもならんという。嵐が強すぎてマストが折れてしまいどうにもならない、もって数時間だと叫び皆に動揺が広がり泣き叫び出す。
「落ち着け!」
皆に叫び一人甲板へ出た。自分が解決することで運命を変えてしまうのではないか、とか考えたが出来ると決まったわけではない。出来ることをやって無理なら謝るだけだし、力があるのに何もしないでいたらそれは無責任だ。
強烈に揺れる甲板に気を張りつつ増幅させていく。右足と右拳を思い切り引き、気を拳にありったけ集める。力を与えられた者としての責務を果たすべく、全力で風神拳を空へ向けて放った。
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