地獄を抜けて
短い鳴き声を上げた後、相手は腹を地面につけて動かなくなった。これで終わりかと思ったが、
「次!」
ライデンの声がかかり何かがこちらに向かって走ってくる。自分で頼んだ上に、手加減しない宣言に対して望むところだと答えた以上、文句は言えなかった。彼が折れるかこちらが死ぬかの勝負だ。必ず生き残ってアリーザさんを取り戻しに帰る。
それだけを支えに日が暮れ星が空を覆い尽くすまで戦い続けた。ライデンのそれまで、という声が聞こえてから先は記憶がない。皆が一緒なら目を覚ますとしばらく休んで、と声を掛けてくれただろう。ライデンしかいない今は、いつまで寝てるつもりだと起こされる。
起き上がろうとしても、体が悲鳴を上げ動かない。それを見てこちらに近付くと掌を心臓に押し当てて来た。何をするのかと思いきや、凄まじい衝撃が加えられる。使い物にならないから潰されたのかと思ったがなぜか痛くない。
恐る恐る体を起こしてみると立ち上がるまでいけた。どうやら気を送ってくれたようで、ライデンに感謝するも何度も期待するなと言われる。朝ご飯を腹が出るくらいまで食べ終えると修行が始まった。
手加減などと言う言葉は知らんとばかりに、この日からさらに筋トレの量とランニングの距離が延びる。走りに走ってついにはデラウンまで見える頃には、夜ご飯を食べ就寝まで記憶があるまでになれた。
「ようやく人間族の殻を破りきったな」
もはや日数を数えるのすら出来なくなってしばらくたったある日、一日の修行終わりと同時にライデンがそう言ってくる。モンスターたちが立ち去るのを見送った後で、どういうことなのか聞くとそういうことだと返してきた。
人間族の限界を超えられたのかと聞いたところ、笑顔で頷く。一瞬喜んだものの、それでティーオ司祭が倒せるわけではない。彼はさらに上を行く存在なのでそれでは不足だ。
「ガッカリしているようだが、そもそも限界を超えること自体が稀だ。今のお前なら竜人族とそのまま格闘でやりあったところで負けはしないし、そんな人間は他にいない」
こちらの表情を見て察したのかライデンはそう諭す。ティーオ司祭にどうすれば勝てるのか、とたずねてみたがそれは難しいと答える。そもそも論として生物としてのヒエラルキーは圧倒的に相手が上であり、本来であれば虐殺されても抗いようがないと断言した。
竜族と竜人族、ヤスヒサ王の血を受け継ぎ形態変化まで使用可能、自分から見ても隙は無いと言われてしまう。ライデンでも無理なのかと問うと、余裕で勝てると言った後で作務衣の上を脱ぎだす。
「血だけではどうしようもないものがある。それがこれだ」
胸の真ん中から鱗が発生し体を覆う。米神近くの髪から二本の角が生え、目と鼻と口以外を鱗が覆いまさに竜人といった風貌に変わる。見た目だけでなく気も変わり、距離が離れているのにさらに下がりたくなるほどの圧を感じた。
「試しに掛かって来い。反撃はしない」
気合を入れて殴り掛かるも近付くにつれ足が躊躇い出す。なんとか間合いに入り拳を胸の辺りに向けて突き出したが、当てたこちらが痛くなる。こちらの様子を見てライデンは家に一度戻り篭手を投げて寄越してきた。
気を増幅させて篭手から拳を覆い、再度殴り掛かる。皮膚にまったくダメージが通らず、尋常ではない硬さを感じた。息が切れるまで攻撃したものの結果は変わらず終了となる。
「正直お前がここまで出来るようになるとは思っていなかったぞ? 修行の最初の頃組手をしたが、あの実力でティーオと戦い生かされた意味が分からなかった。だがこうして終えてみるとなるほど面白さがあるからだとわかったよ」
ライデンは元に戻り作務衣の上を着るとそう言った。自分としては彼を倒せるまで修行したいんですがというも、俺としてはもう興味が失せたとハッキリ言われる。ティーオ司祭が生かした理由が知りたいのと、ヤスヒサ王という人間族がいたのでもしやと思ったから修行をしてくれたらしい。
結果として、人間族にも期待できる者が生まれる可能性があると知れて満足なようだ。修行してくれたことを感謝をし、明日にでもヨシズミ国へ向けて出立すると告げる。ならばとライデンは竜人族秘伝の酒を振舞っくれ、そこから遅くまで二人で酒を飲み交わした。
竜族や竜人族の話、ノガミ家の話などこれまで知らなかった話を沢山してくれ、酒も話も十分堪能させてもらう。こちらは返すものが無くて申し訳ないと謝罪したが、ならばティーオを倒して報告に来いと檄を飛ばされる。
「報告を期待しているぞ。俺の秘蔵の酒を与えたのだから、おいそれと負けはせんよ」
結局楽しくて朝まで飲んでしまい、一旦寝てからと思ったがそのまま出立しろと言われ家を出た。別れ際握手をすると意味ありげなことを言われる。あの酒にどんな効果があるのか聞くと、実は竜人族でも飲めば倒れるほど強烈な酒で、体の弱い者なら死んでいると言われた。
最後までめちゃくちゃだなと思ったが、あれを飲んで生きているのだからお前はもう弱くはないよと言われる。いまいちぴんとこないがご利益があるのだろうとおもいつつ、地獄の修行の日々を振り返りながら頭を下げる。
こうして最北端のライデンの小屋を後にし、一路デラウンを目指した。
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