闇の気配
ウィーゼルの前に入り紫の気を切り伏せるが、その間に吉綱公は距離を前傾姿勢で詰めてくる。先ほどまでとは比べ物にならないくらいの速度で、これが本気の速度かと感心してしまう。抜刀による右薙ぎ払いを剣腹に腕を当てながら受け堪えるも、素早く戻して足を狙って来た。
地面スレスレまで剣を下ろしてそれも防ぐ。速度を上げ頭上への斬り下ろしを狙われたがこちらも合わせて動き、思い切り剣腹を向けて振り下ろして相手の刀に当てる。互いの力をぶつけ合った結果、吉綱公が押し負け吹き飛ばされた。
彼を捕らえるべく羂索を使いたいと考え、左手首を振ってみるも反応が無い。さっきまでの言動もこれまでの行いも最悪だったが、一度死したことで悪気が消え去り対象外となったのだろうか。
「うぅむ……他人から与えられた能力だけの力押しではこの程度が限界よな」
苦笑いしながら刀を目線の位置で寝かせてこちらを見る。まだ復活して日が経っていないし、その際に貰った今の力? が上手く使いこなせていないということのようだ。もう少しやりますかとたずねてみたが、意地の悪い男よなと答えながら刀を鞘に仕舞った。
ヨシズミ国とやらでまた会おう、それまでの間にワシも鍛えておくでなと言って小さく飛び上がる。まるで魔法を使用したようにあっという間に吉綱公は消えてしまった。彼が出る前にテオドールが声を掛けて来たので近くにいるのだろうなと思いつつ、魔法まで使えたら厄介なことになるなと溜息を吐きながら振り返る。
後ろにいたマテウスさんとウィーゼルは茫然自失状態で立ち尽くしていた。マテウスさんは勿論驚いただろうが、ウィーゼルの衝撃たるや計り知れないものがある。やっと自分たちを無茶苦茶にした悪魔が死んだと思ったのに、パワーアップして蘇ったなんて類を見ない悪夢だろう。
どうしたものかと思い見ているとやっと居なくなったことを理解したのか、腰が抜けたように二人とも地面にへたりこむ。普通死者が蘇ることはないし、自分もアリーザさんの件を知らなければ驚いたはずだ。
吉綱公も心臓の代わりに埋め込まれた魔法石の適合者ということなんだろう。テオドールが使用するのだから蘇らせられる相手の善悪は関係なく、適合者であるか否かなんだろうなと理解した。もう他に敵はいないだろうとは思うが、念の為駐屯地に引き返した方が良いだろうと二人に声を掛ける。
かなりの衝撃だったようで反応がない。どうしたものかと考えていた時、後ろの方からこちらを探す声がしてきた。視線を向けるとイザナさんが蜥蜴族の兵士を複数引き連れて来ており、手を上げて場所を知らせる。駆け寄ってくれたイザナさんに事情を説明し、引いて来た荷車の荷台に二人を乗せてもらい引き上げた。
駐屯地に戻りマテウスさんとウィーゼルを救護テントに寝かせてから、イサミさんの宿舎で先ほどまでの状況を説明する。イザナさんはそれを聞いて深く溜息を吐く。なにか知っているのかと聞くと、苦い顔をしながらエルフとダークエルフの負の遺産だという。
昔エルフとダークエルフが魔力を使用し人間を家畜のように扱っていた歴史があるというのは聞いた。魔力がある日突然枯渇した際に一目散に自分たちだけ隔離し逃げ、その間に竜が人間たちを庇護して竜神教を設立したという。
竜神教を設立させた竜も良い竜では無かったらしく、ヤスヒサ王に討伐され中身の綱紀粛正を行って現在に至る。
「お前がスタートとして話した最悪な時に生み出されたのが魔法石だ。暇を持て余した動物というのは余計なことをする」
吐き捨てるようにイザナさんは言った。ヤスヒサ王がヤーノの村のエルフたちと交流し、一部を配下として引き連れ統一したことから、今のエルフとダークエルフは人間に対して蔑んだりはしない。ただ旧体制を良しとし支持する層や、ヤスヒサ王のせいで歴史が穢れたと主張する層は宗教的になっており、未だに人間を見下している者たちがいるという。
彼らのズルいところは昔行われた残虐非道な行為を隠し、現在の人間が行ったという非道な行為を非難して、自分たちの支配を正当化している点だと話す。シャイネンの近くのエルフの村での事件の話をすると、この近くでもつい最近まで行われていたと教えてくれる。
死んだ者たちの臓器を寄せ集めて魔法を流し復活を試みたり、健康な人間の子どもを誘拐し解体し別の生き物の臓器と入れ替えるなど残虐非道な行為をしていたようだ。竜神教により追われた彼らはシャイネン方面に、何者かの手引きによって逃走したらしい。
何者かに心当たりがあるが今は置いておくとして、魔法石とはなんなのかと改めて問いかけた。
「誰もが死んだあとで体から魂が抜けるが、昔それを捕えようという試みが行われていた。その為に行われた非道な行いは、各人の想像の倍酷いということにしておいておく。魔法の檻に閉じ込め死亡させ出てきた人魂を、魔法で捕え凝縮し精製し固めたものが魔法石だ」
詳細な実験記録や方法などがヤーノの村にもあったそうだ。多くのエルフたちは凄惨な過去を隠さず教訓とすべく図書館で厳重に管理していたものの、監視の目を盗んでそれらを持ち出した者がいるという。各地のエルフの村で同時多発的に行われたため、組織の関与が疑われていたらしい。
暗闇の夜明けというかテオドールの仕業で間違いないだろう。あれが良いことをしたとすれば、アリーザさんを蘇らせてくれたことくらいだ。引っ掛かることがないではないが、まさかと思い頭を振る。
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