刀持つ悪童
「なるほどさすがは異世界から来ただけのことはあるなぁ。まさかこのワシが斬れん男がシンラ以外にいるとは思わなんだ」
女性と見紛うばかりの顔立ちでケラケラと笑いながら、刀をおもちゃのように振り回していた。たたずまいからしてただの剣士とも思えない。こちらから名乗ると目を丸くして驚いてから相手も名乗ってくれる。
名前を聞いて一瞬どこかで聞いたことがあると思ったが、すぐに思い出す。なぜなら先ほど聞いたばかりの名前だからだ。マテウスさんとウィーゼルを見ると恐れおののいていた。
「おやぁ? どうやらワシの名も異国の地でそれなりに知られているようだの。良きかな良きかな」
呑気に言う相手に対し、聞いていた話と印象が違うので驚いている。これがウィーゼルたち一族に無理強いをし、さらに村正で辻斬りをし過ぎて討伐された男、大和吉綱公とは。嘘かもしれないと思いながらそこのところを聞いてみるも、笑いながらその通りだ良く知っているなと驚かれた。
「まぁくだらないことをしたとは思う。虫けらごときに微塵でも期待した我が身の愚かさを呪うほかあるまい。元々籠の中の鳥故、領民たちの器量に期待したが間違いの元。だが今度は違えまい。あの可笑しな男の口車に乗ってやろうぞ!」
悪気が一つもない清々しい顔で言い放つ吉綱公。籠の中の鳥とか言っているが、そんな環境にいた人間が出来る動きではない。復活した時にヤブ医者ことテオドールに何かされたとみて間違いないだろう。
アリーザさんも一時的に強化されたし、と考えながら攻撃を捌いていた時、刀が紫に怪しく光る。先ほどまでも十分早かったがそれを上回る速度を出してきた。吉綱公の攻撃自体は初見ではあるが、経験が生きるというのを実感している。
この世界を想像した神であり、外殻装着までした男の攻撃を凌いだ経験が無ければ斬られていた。三十五年生きてきて経験がこれほどありがたいと思ったのは初めてかもしれない。しばらく受けた後で太刀筋が見えてくる。
速さに自信があるのか一撃防がれるともう一度斬りつけてくる癖が見れたところで、タイミングを合わせて思い切り剣を叩きつけた。復活したとはいえ無敵ではないようで、二度思い切り叩きつけたところで嫌な顔を見せる。
あとは同じことをし続ければ腕が動かなくなるだろうと考え、急いで攻めずに挑発するように大きく手を広げて構えた。
「……なるほど、シンラと同格の強者というあの男の世迷い言は嘘ではなかったようだ」
「それは言い過ぎかと」
「謙遜が過ぎるな……いや、シンラもお主と同じく底を見せていないだけか」
首を竦めただけに止める。シンラも大人しく過ごしている男ではないだろうから言い過ぎだと答えたまでだ。テオドールが吉綱公を起こしたのは間違いないし、シンラも知っているとなると暗闇の夜明けの新戦力だろう。
エレミアもウィーゼルも抜けたので穴を埋めるための補強はわかるが、死した吉綱公を蘇らせて当てるとは驚いた。手に持っている刀について聞いてみたところ、ニヤリとして答えない。近くにいるマテウスさんにこの剣豪は昔からこんなに強いのかとたずねるも、初めて見るという返答が返ってくる。
マテウス? と訝しみながらジッと見た後で、あの妙ちくりんな医者の落胤かと鼻で笑った。親に似て珍妙な技を使う曲芸師の類であろうに、よく生き残っておられるなと愉快そうに頷く。彼も強いので楽しませてくれますよと言ってみたが、それこそ冗談が厳しいのうと返される。
「悪いがワシは虫けらと戯れる趣味はもうない。運良く生き返ったからには本物の強者とだけ剣を交えたいのだ。一度死んで学んだのだよ、命は短いので大切にしなければならんとな」
大言壮語でないことは見せて貰ったし、表情や言葉からも悪意などが微塵も感じられない。なんなら本当に哀れだから斬りたくないといった感情すら伝わってくる勢いだ。戯れに将軍と言う地位に未練は無いのかと問いかけてみたが、本気で聞いているとは思えんなと言われ苦笑いして頷く。
蘇ったことで解き放たれ、力を手に入れたことで本来持つ望みを叶えられる状況になった。言い方からして死んだ原因となったような不必要な殺生による二度目の死は避けたいと見える。こちらとしても被害をあちこちにばら撒かれても困るので助かるなと思っていると、視線は横へ動き止まった。
「どうやら異国の地であるのに参拝者が多いようだの」
吉綱公は小さく笑いながら刀を振り回して見せる。最初は遊んでいるのかと思いきや、徐々に速度を上げ刀にも紫の気をまとわせ始めた。なにか仕掛けてくるしその相手は間違いなくウィーゼルだ。改めてしっかり構え直しながら強者以外相手にしないと聞いたがと問う。
「然り。だがその女の持っている刀は強者の刀。虫けらが触れて良いものではないのだよ」
言葉を終えて直ぐ切っ先をウィーゼルに向けて構えた後、素早く斬り下ろし切り上げ袈裟斬り逆袈裟を放つ。剣圧を生み出すために刀を振ったようで、それは紫の気を乗せて飛んだ。
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