誰かのきっかけに
――無茶をする
この世ならざる者に囚われた後、暗闇の中にどれくらいいたのか分からないが声がして気が付く。相変わらず暗闇の中をたゆたっていた。
――力を放てば吹き飛ばせるが
不動明王様の提案に対して首を横に振る。出来るのはありがたいが、今はそれをする時ではないと考えていた。イザナさんにも言われたが、人を導いていく立場になっていてもおかしくない年齢ではある。力を貸していただいているのに偉そうかもしれないが、直接導けなくとも耐えて彼女が自ら救われる道を取ってくれるならそれが一番良いので、それまで待ちたかった。
本当のところはわからないが、闇の道からこちらに渡ってきている。以前なら絶対に取らなかっただろうし一目散に逃げていただろう。涙を流し拒否をしながらも動かなかった。力任せに動けば彼女なら払えたのに。
きっときっかけがあれば村正を掴めるはずだし、家族のためにと小さい頃から刀を打っていた彼女なら掴むはずだ。誰かを救えるなんて思っちゃいないが、耐えることで呪縛から解き放たれるきっかけになるなら、喜んで耐える。天使先生も大先生も全力で道を示してくれた。彼らに誇ってもらえる人間であるためにも、感謝しつつ使える力は全て使って自分も道を示そう。
――あれは救われたくないかもしれん
以前なら不動明王様の言う通りだろうが、今はそうではないと勝手に信じている。きっと彼女なら自分で自分を救えるはずだ。きっかけは皆が与えたから、あとは自分の願い一つだけでいい。闇の中に一筋の光が現れるのをのんびり待つ。
息苦しかったものの、これも鍛錬にしてしまおうと酸素の少ない状況でどう対処するかを思案した。体を動かせば酸素が減るが、気を増幅させたりするのはどうだろうかと思い、丹田に集中し体全体に気を張り巡らせた。
不思議なことに息苦しさが解消され呼吸が楽になる。安心したからなのか一気に眠気が襲ってきて、うとうとすると張り巡らせた気が弱まりまた息苦しくなった。考えてみるとこの力自体がチート能力なのではないかと言う気がしてくる。
ヤスヒサ王はこの力だけでなく、呪術の力も持っていたというのだから超人でしかない。同じ異世界人と言うだけで同列に並べないで欲しいと憤りを感じた。ティーオ司祭にもそこのところを理解してもらい、早々に諦めて他の敵を探して欲しいものだ。
気を張ったり弱めたりと繰り返しているとやがて前方から光が差してくる。どうやら自分で自分を救えたらしい。ほっとしながら闇を払うのを待っていた時、光の中から手が伸びてきた。せっかちだなぁと思いながらも、あまり待たせると泣かせてしまうなと考え近くまで来た手を取る。
――我は汝と共にある
言葉が終わると同時になにかが横に現れた。視線を向けると竜が横にいてこちらを見ている。空いている手で触れると竜は光の粒子になり、こちらの体に吸い込まれていった。どういうことなのか聞こうとしたが、手を引っ張られて闇の中から出てしまう。
「ジン! 良かった!」
視界が戻ると木漏れ日が上から差し込んでいる。右手に温かさを感じ見るとウィーゼルが泣きながら手を握っていた。闇の中にたゆたっていたのは夢の風景だったようだが、彼女が自分を救えたのは間違いないらしい。
体にどれくらいダメージがあるのか確認するべく、全身に力を入れてみるも少し入る程度だ。不動明王様が無茶だと言ったように、いくら力を貸してもらっているとはいえダメージが無効にはならない。
大丈夫かなと心配になったが、急に地面に触れている背中が熱くなりだす。体に気が戻ってくるだけでなく、溢れる勢いで急速充填されているのを感じる。いつの間にこんな機能が追加されたんだと驚きながら上半身を起こした。
見ればエレミアたちも来ていて、皆ご苦労様と告げると深い溜息を吐かれる。一緒に並んで立っていたイザナさんに、随分と危険な博打に出たものだなと言われた。いけるかなと思ったのでと答えると皆呆れたのか、さっさと踵を返して去って行ってしまう。
呆れるのも無理はないかと思いながら、まだ右手を握りながら泣いているウィーゼルを見る。怪しげでどこか憂いのある美人であった彼女が、少女のように泣いていた。賭けに出て良かったと思うし、彼女が自分を救えたのは本当に良かったと思う。
「それで話は終わりになりますかねぇ、ジン・サガラ」
自分が反応するより早く羂索が左手首に現れ走る。先を追うと森の中へ行ってしまい見えない。どうせまた戻ってくるだろうと待っていたが、裏で糸を引いていた男ことヤブ医者は戻ってこなかった。
せめて投げかけるならちゃんと投げかけろよ、と心の中でツッコみをいれていると右手を引っ張られる。ヤブ医者に意識を集中していた上に不意に引っ張られたのもありよろけてしまう。見ればウィーゼルがこちらを引き寄せていた。
なるべく動揺したのを出さないように、どうしたのかと問いかける。彼女が感謝の気持ちを述べたので自分はきっかけを与えたに過ぎない、君は自分で自分を救ったんだと告げた。納得してくれるだろうと思いながら離れようとするも、なぜか解放してくれない。
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