名家の息子
「僕はこのままこの国にいたら腐ってしまう……だからこそ旅に出たいんです」
爽やかな朝の木漏れ日の中で悲壮感を漂わせながら、涙ながらにノーブルは訴える。黙って頷きながら、名家の子どもに生まれるのも大変だなと思う。歴史の授業で一つだけ覚えていることがあって、その先生は家康公の偉大さがある中で三代へしっかり継承させた秀忠は凄い、と言っていた。
ただ継承されただけでは、戦国時代が開けたばかりの大名に覆される可能性もある。家康亡き後大名家の改易に着手し、空いた場所を碁を打つように譜代を配置し徳川の世を盤石にした男だそうだ。勉強する側としては家康と三代家光などメジャーどころを覚えれば良いと思っていたので、秀忠がクローズアップされたのは意外だったので覚えていたのだろう。
イザナさんの提案を受けて安易に了承してしまったが、根深い問題に首を突っ込んでしまった気がした。話を聞いた限り、ナビール氏がこのまま彼を外へ出すとは思えない。一人息子なのかと聞くと兄弟は居るという。
なぜそんなに監視管理されているのか聞いたところ、父親以上に母親が心配性らしい。前に家へお邪魔した時にお会いした彼の母親のマリアさんは、元冒険者で強いとも聞いているがそれ故に我が子を危険に遭わせたくないのだろうか。
ノーブルは膝を抱えて座り首を横に振ったあと、少し間を置いてから母にデラウンでのんびり生きていればいいと言われたと答える。いずれはデラウンを統括する身なのだから、デラウンの市民からの人気を大事にしそれだけを頼りにするだけで幸せな人生を送れる、とも言われたそうだ。
剣の稽古に励みそれを見せても常に冷めた目で見られ、感想を聞くと天賦の才があるわねと褒めてくれるが、それが嘘だというのはわかっている。母は息子として愛してくれるが、冒険者としては唾棄すべき存在だと思っていると語った。
根拠はなにかとたずねてみたところ、以前母親が得物の槍を手入れしている時に見返そうと考え、背後から木刀で襲い掛かった時のことを話しだす。結果は流れるように避けられてしまい、突っ伏したノーブルに対し見下ろしながら”私の可愛い坊や、命のやり取りなど知らない世界で生き続けなさい。あなたにはそれがお似合いよ”と告げたという。
ノーブルの戦う才能はあると思っている。彼の母親もそれくらいは承知しているはずだが、冒険者は戦う才能が誰よりもある者しか生き残れない。この星のヒエラルキーの下から数えた方が早い人間族が、冒険者として長く生き抜くには戦う才能が並程度では無理だ。
ナビール氏よりも強いと言われ、結婚まで冒険者として生きていた人ならその厳しさを身をもって知っているだろうし、仲間の死にも立ち会う機会があっただろう。冒険者の数はナビール氏の後を継げる者の数よりも圧倒的に多い。
冒険者として走り始めたら止まることは難しい、だから適当な討伐をさせて現実を教えるだけに止めた。あくまでも推測の域を出ないがそんなところではないかと思う。禁じられていた同族の反乱があった直後では、余計に守りに入るのも無理もない。
マリアさんが敬愛していたサラティ様ですら、その座を追われることになったのだから。彼自身もそこのところはわかっているだろう。
「ミサキの乱の収束、それにアルブラムの剣出現。ノガミに関わる者が行うべきことを、名もなき冒険者が行い成し遂げた。僕は見てきて思ったんです。このままでは置いて行かれる、いずれ母だけでなくデラウンの人たちにも見下ろされてしまう。そんな統治者になるなんて耐えられない」
顔を上げ胡坐をかくと拳を握り地面を叩く。彼の気持ちもわからなくはない。為政者として民を守るのに、この時代であれば武力が不可欠だ。サラティ様がすんなり降りるのを認められたのも、乱を起こす隙すら与えない統治を国民にみせていたものが、同じノガミに乱を起こされ一時的とはいえ行方不明になったのが大きいだろう。
自分たちの命を預けられない為政者では統治が揺らぐ。特にヤスヒサ王の記憶がまだそう古くない今の時代では、伝説の王が基準になってしまうのも仕方がない。継いだサラティ様の失脚は後の世に影響を及ぼす。
いずれは基準も変わるだろうが、少なくともノーブルの生きているうちは絶対的強者に近い者の統治が求められ続けると思った。ナビール氏とマリアさんは、自分たちの弟子たちを鍛えることで補おうとしているんだろうなと考える。
「お互い厄介な時代に生きてるな」
「そうですね……本当に。ヤスヒサ王がいなければ苦しむこともなかったでしょうが、彼がいなければ僕がもてはやされることもなかった」
自らの実力ではなく、ノガミだからこそ支持を得ていると思っているのだろう。否定はしないが市民は馬鹿じゃない、慇懃無礼なところがあっても愚直に真っ直ぐで愛嬌がある君自身が支持を得ているんだろう、と話す。しばらく前をじっと見つめていたが、慇懃無礼ですか!? と驚き視線をこちらに向けた。
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