冒険に出る理由
皆でヤーノの村へ戻り駐屯地を目指すための準備に追われる。夕方近くになってノーブルがハイ・ブリッヂスから戻ってきた。集会所でイザナさんや長老たちと報告を聞いたが、ハイ・ブリッヂスも駐屯地からの連絡が途絶え派兵の準備をしていたという。
「我が先生が先導致すと申し伝えたところ、翌朝までには必ず十分な兵と物資を用意すると約束しました」
胸を張りながら冷静な顔でノーブルは報告する。様子を見る限り伝令としての役割をしっかり果たせたんだなと思い、握手を交わしよくぞ伝令の役目を果たしてくれたと褒めた。先生の一番弟子として当たり前の仕事をしたまでです、と彼は鼻息荒く答える。
若干の不安があったものの、伝令だけなので多少のミスくらいはあっても問題ないだろうと思った。駐屯地までの行程をイザナさんたちと地図を見つつ会議し、翌朝の合流に備え集会所の近くにある宿の部屋で睡眠をとる。
自然と目が覚めたので一人で外へ出て、久し振りに型を練習してみた。ゆっくりと木漏れ日の中行う練習は、体の動きを滑らかにするだけでなく心の調子も整えてくれる。穏やかな空気が漂い癒しそのものの空間だったのもあり、僅かでも殺気を放てば直ぐに感知できるので余裕で避けられた。
半身になりその前を通過する剣の剣腹を左手で押しながら、右手で柄を握る手の手首を抑える。相手が気を放つ前にこちらが気を放ち掌握し、足を払いつつ肩で強く相手の肩を押した。抵抗せずに剣を手放しごろんと転がり距離が離れる。
「さすがですね先生! 殺気を抑えながら不意打ちしたというのに流れるように処理されてしまった!」
朝から元気で賑やかなノーブルはこちらを絶賛する。こんなに良い気が漂う場所であんな殺気を僅かでも出せば誰でも気付く、と指摘したが先生ほどの方は居ませんと断言してきた。あからさま過ぎたので訂正すべく、師匠ならこんなものは朝飯前だしリオウだって出来るだろうと指摘するとあっさり頷く。
どういうことなのか問いたいところだが、寝起きだろうしぼーっとしているのもあるだろうと考え、朝早いなと話を変える。ノーブルはさっきまで寝ていたらしく、タクノが先に目を覚ましこちらが外に出るのを見て起こしたようだ。
「出来れば先生に剣の稽古を付けて頂きたいのですが」
「いや、俺は剣は素人に毛が生えた程度なんだけど」
クニウスからは免許皆伝をもらっていないし、クロウとの戦いでの彼の太刀筋を見たら、とてもじゃないが他人に教えられる剣の腕ではないと分かる。ノーブルはそれでも諦めず、是非とも一度手合わせをと手を合わせて拝んできた。
この世界で手を合わせて拝まれたのは初めてだったと思うので驚く。父親から教わったのかとたずねるとノガミでは祈る時こうすると言われる。ヤスヒサ王から始まったのなら、そのうち手を合わせるのがベーシックな祈り方になるかもしれないなと思った。
どうしたものかと考えていた時、三鈷剣が空間を割って現れる。不動明王様が手を合わせる祈り方に感動したのかなと思い、ならばしないわけにはいかないと剣を手に取り構えた。先ほどより強い殺気を向けて来たが、クロウの本気の殺意を感じたあとでは優しく感じてしまう。
あの芯から底冷えするような殺気を今後感じる機会はあるのだろうか。一瞬気が逸れてたこちらを見抜いて、ノーブルは素早い斬り下ろしを放ってくる。半身になり避けたものの薙ぎ払いをしてきたので、飛び上がり凌いだ。
次々にリズムよく行われる攻撃を全て回避し続ける。すべてが必殺の斬撃を受けた経験が生きていると今初めて感じていた。こうして剣を交えるのは初めてだが全てがわかる。しばらくしてノーブルが剣を振るのを止めた。
どうしたのかとたずねると先生は面白くなっていると言われる。気付いたら自分の口角が上がっていた。謝罪するが彼は地面に腰を下ろすと深い溜息を吐く。チートっぽいことを体験するのは初めてで、ついつい楽しんでしまったこちらが悪かったなと思い再度謝罪しながら隣に座る。
しばらくして彼は話し始めた。これまでもこの世ならざる者の討伐には赴いていたが、一人で倒したことは無いらしい。何時も必ず父親の弟子が付いて来てチームとして討伐を行っていたという。
止めを刺す瞬間促され敵を斬る、その繰り返しをしていたらヤスヒサ王の剣を受け継ぐようにと父親に言われ、ファーストトゥーハンドを継いだようだ。一人で行動している時でも常に見張り役が遠くから見守っていたという。
気の毒に思い、太刀筋を見る限りしっかり鍛錬をこなしているし、強いよと言うも先生には遊ばれましたと返される。そりゃノガミ一強い人に稽古を付けてもらったり死に掛けたり、最終的にはこの世界の創造神と戦い皆で退けたのだから、強くもなるだろう。
どう説明したものか迷った挙句、冒険者としてそれなりに強敵と戦って来たからねと言うしかなかった。半べそを掻きながら僕もそれを求めてるんですと訴えてくる。誰の手も借りず己自身の力で名を上げたい。
先生に強引に付いて来たのも、真の自分を手に入れる為だと涙を流しながら話した。
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