金色の縄
契約書を渡すとウィーゼルはサインを確認せずそのまま懐に入れる。一応確認しなくて良いのかとたずねるも、目の前で見ていたのだから必要無いと笑顔で言った。この間まで敵だったからかどうも違和感がぬぐえない。
顔に出さない様にし、これからシャイネンを経由してヨシズミ国に帰る予定だと伝えるとわかっていると答えた。当然そこも織り込み済みだろうなとは思ったが、ここもあっさり飲み込んだ。彼女は策を弄するよりも直接来るタイプなのではないかと考えているが、まだ対戦は二回しかない。
仮にもしミサキの乱の時の対応が布石だとしたら、目的はなんだろうか。命を確実に奪う機会を狙うなら、傍にいた方が都合がいいのは確かだとは思うが果たしてどうだろう。
「早速で悪いんだけど、洋服を変えたいの」
エレミアに視線を向けると頷いたので、彼女と一緒に買いに行って欲しいと伝え了承し部屋を出て行く。
「用心するに越したことはないわ。狐種の獣族だから」
部屋を出る前に傍に来て、エレミアは耳打ちしていった。憑物が落ちた顔をしていたが、しっかり見ていてくれてほっとする。なにか思惑があるにしても悪い方面でなければ問題無い。あっちの大陸にいてこちらを知る誰もが戻ってくるのはわかっているはずだ。
なにか起こるとしてもシャイネン辺りからだろう。帰る前にイザナさんとイサミさんに挨拶しておきたいし、ナビール氏に到着したら必ず知らせろと言われていたのを忘れていたので訪ねておきたい。リベンではエリート宿に戻り、改めてお世話になった人たちとお別れ会をしようとも考えていた。
この大陸を離れれば当分くることはないだろうから、しっかり挨拶をしておくべきだろう。考えつつエレミアの肩からこちらの肩に移っていたシシリーと共にベッドから出て、近くに置いてあった服に着替え手を組んで背伸びの運動をする。
体の調子は今のところ若干の筋肉痛以外はない。あれだけの激戦を終えてそれだけで済むのは大先生たちのお陰だろうなと思った。
「キャー! ひったくりよ!」
窓の外から悲鳴が聞こえ近付いて窓を開け顔を出すと、老婆が道に倒れ右方向へ皮の鎧を着たボサボサ頭が走っているのが見える。この距離なら余裕で追いつけると考え窓下枠に手をついた瞬間、左手首に金色の縄が現れて巻き付いていた。
端には三鈷剣の柄頭のような三又槍の小さいものが付いていて、それが勢いよく皮鎧男へ向かって飛んで行く。意思を持っているかのように飛んで行ったそれは、皮鎧男の周囲を回りながら縛り上げてしまう。
いったいこれはなんだろうと視線を下に向けてみたら、顕現不動モードに変わっている。大先生に教えてもらった三鈷剣の持ち主である、不動明王の力によるものなのだろうと思った。
ウインチのように自動的に縄をこちらの腕に巻き取り、縛り上げた男をこちら側まで引っ張って来て窓の下につるして止まる。外の人たちから拍手が起こり、自分の手柄ではないのだがと思いつつ後頭部をさすっていたが、そんな場合じゃないと兵士の人を呼んでくれるよう頼んだ。
下の入口と思しき場所に兵士が三人来ると縄はゆっくり皮鎧男を下ろし、こちらに戻ってきた。これは出っ放しで頼むと出てくるのかなと思った時、
―羂索
低く野太い声でそう聞こえ縄が消える。試しに
「羂索」
口に出して呼んでみたところ、金色の縄が現れ左手に巻き付いた。先ほどのようにこちらの意思で対象を縛れるのかと考え、シシリーを縛るよう念じてみたが一切動かない。扉をノックしてサラティ様とリオウが入ってきたので、サラティ様に対して羂索を放って見たがやはり動ないままだ。
ならばとリオウに向け投げてみたらあっさり飛んで行き縛り上げる。丁度良いのでこのまま窓の下につるしてやろうと思ったが直ぐに解けてしまう。再度挑戦してみるも縛るまでは行くが移動させたりは無理だった。
現段階では推測でしかないが、三鈷剣と同じように悪に対して敏感に反応するのだろう。リオウに対しての挙動も改心しかけてるが悪に近いという判定を行ったものの、完全に自由を失わせるほどではないという結果に至った気がする。
「やはりお前はまだ悪者だ、リオウ」
「何の話だ?」
笑顔で頷きながらそういうも、二人とも理解不能な顔をして見合っていた。事情を説明するとなにが気に入らないのかリオウが食って掛かってきたので、外へ投げ捨てる。あまりにもあっさり投げ捨てられたのでサラティ様とあわてて窓の近くまで行き下を見たが、不格好ながら着地し尻餅をついていた。
気が抜けてるんじゃないのかと声を掛けると鬼の形相でうるさいと怒鳴り、中へ入ってくる。サラティ様に少し散歩して来ると告げて窓から外へ出た。顕現不動モードは不動明王様の助力によって得たもので元々強力な力を秘めている。パワーアップしたとすれば成長し力を扱えるようになったろう。
おっさんとはいえ神との戦いを経て少しでも成長できたのだとすれば嬉しい。もうクニウスもパルヴァもミシュッドガルドさんも、そして大先生もいないのだから死ぬまで成長していたいと思いながら屋根から屋根へ飛び移り、エレミアたちを探す。
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