神の羽
「まさかこんな力まで隠し持っているとは思わなかったよ」
怒気がこもった声でそう言った後、一歩下がって腰を少し落とし両拳を握り両脇を締め、禍々しい気を溜め始めた。大技が来ると思って身構えた時、
―そのまま動かないで大丈夫よ
頭の中に大先生の声が届く。大先生がそういうなら間違いないし、たとえ大丈夫でなくともこの命は彼女に救われたといっても過言ではないので、信じて構えを解きリラックスして待つ。こちらの様子を見て頭にきたのか、これまで聞いたことのない咆哮を上げながら両手を突き出した。
どす黒い怨念をエネルギーに変換したかのようなものが、渦を巻いてこちらに向かってくる。見えない壁のお陰で圧が軽減されていたにもかかわらず、それを貫通してくるほどの圧を感じて体が硬直しそうになった。
ゴッという音を立ててぶつかり、見えない壁ごと黒いエネルギーに包まれる。人が苦しむような声や恨めしく思う声に憎しみの声が絶え間なく続き、圧を受けたままこれを喰らっていたら心が持たなかった。
後方を見れば、先ほどまで生命力の力強さを表すように生い茂っていた草木は枯れ果て、生気を失い死の森のようになっている。自身がそのまま降臨すると星に影響が出る、と言ってミカボシの体を使った人とは思えない技だ。
かなり長い時間エネルギーは放たれ、こちらは無事でも後方は荒れ地と化してしまった。一撃でこれだけ命を奪えるのなら、たった一人を倒せないのは頭にくるのかもしれない。そのままエネルギーが収まるのを待っていると暫くしてやっと止み、生い茂る森の中でクロウが先ほどの姿勢のまま立っているのが見える。
「き、貴様は一体何者なんだ……!? 魔法も魔術も才能の欠片すら感じなかったのになぜ僕の魔法を喰らって生きている!?」
構えを解くと右掌で顔を覆い、頭を振りながら嘆くようにクロウは言う。別に自分の力ではないが大先生のお陰ですとは言えず返答せずにいた。
「僕ばかり話させないで君もいい加減」
「魂鉱斬!」
クロウの背後から現れたクニウスは、手に握っていた煌めく剣を思い切り振り下ろす。ザシュッという音が森に響き、クロウはそのまま前のめりになり地面に倒れる。どうせすぐに立ち上がりこちらを攻撃して来るに違いないと気を緩めずにいたが、一向に起きてくる気配が無い。
声に出さず心の中で大先生に問いかけてみた。クロウはまだミカボシの中にいるのか、このまま風来石と雷光石を使って封じ込めていいのか、と。待って見たが答えが返ってこない。
大先生もきっと迷っているのだろう。クロウを倒せると良いなとは思っていたが、まさか本当に倒せるとは思ってもみなかった。起き上がって来なければこのまま元の場所にミカボシを安置し、大先生たちに封印を施してもらえば話は終わる気がする。
「なんとかなったかもしれないな」
「クニウス……」
こちらにやってきたクニウスの手には、先ほどの煌めく剣はなかった。あれはなんだったのかと問いかけたら、クロウ対策として自分が用意していたものだという。形にこだわらずチャンスがあればぶち込んでやろうと、虎視眈々狙っていたらしい。
長い旅の中で編み出した技で、初めてぶつけてみたようだ。体は別人のものとはいえ、この世界の創造神であるクロウを倒すなんてさすが剣の師匠だと喜びの声を上げる。こちらの喜びように照れたのか、クニウスは後頭部を擦り俯いて誤魔化す。
風来石と雷光石も使わずアルブラムの剣も起動させず、なにより元の世界で生きている天使先生の話を出さなくともクロウを退けるのに成功したのは本当にうれしい。先生は出しても良いといったが、出来れば出さないまま倒せたらと考えていた。
先生のこれからの人生にクロウは良い影響は与えないのは間違いない。こんな世界を作りプログラムとはいえ人々に仮の魂を与え誕生させたのに、それを平気で踏みにじるような男だ。これで少しでも先生に恩が返せたらいいなと願う。
どうか伴侶を見つけて幸せに暮らしてください、先生。
「休憩は終わりだ」
一瞬クニウスの背後にミカボシが見えたが、意識が飛んだのか視界がブラックアウトする。地面に背中を叩きつけた激痛で意識が戻り、見れば外殻装着していないミカボシが天使の羽を広げ立っていた。
辺りを見回すとクニウスも外殻装着が取れて地面に転がっており、背中が見えたが真っ赤にはれ上がっていた。これだけやってもまだ息があるのか、と忌々しく思いながら立ち上がろうとすると目の前に化け物が来ていて頭を掴まれる。
「お前たちの功績に免じて少しばかり本気を出してやろう。ミシュッドガルド先生以外にこの力を使うのは初めてだ。直ぐに死んでくれるなよ?」
目を見開きながら限界まで口角を上げてクロウは微笑む。三鈷剣をその胸元に突き立てようとしたが、テレポートしたように別の場所に転がされた。前を見れば地面を削った後があり、いつの間にか顕現不動モードになっていて、そのお陰で無事だったと分かる。
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