天使が去った日
「喜んでるところすまんがの、さっきの話を聞いていたのか?」
呆れた顔をしながら御爺さんはこちらに問う。この世界の人間の大半は、プログラムされた人工人間という話は聞いたが、自分が接してきた人たちは皆ちゃんと生きていたと答える。理屈ではない行動がそういったものの結果だとしても、一人の人物としてそれを選んだのだから仕方ない。
元の世界でもひょっとしたらすべてが決められているにもかかわらず、自分の意思で生きていると思わされてる可能性だってあるはずだ。色々考えても答えはわからないし、真っ直ぐ生きていく他無いと思う。
「俺にとってアリーザさんはアリーザさんなんですよ、誰がなんと言おうとね。ただ彼女を取り戻したい、そのためだけに神に戦いを挑む。例えプログラムで決まっていたことだとしても、自分の想いで選択しました。そして勝って必ず取り戻す」
毎日毎日積み重ね、ずっと鍛え続けてきた拳を握りながら御爺さんにそう伝えた。こちらの言葉を聞くと御爺さんの表情は和らぎ、微笑みながら小さく頷き立ち上がる。
「この世界に来た時は、どこか海を泳ぐクラゲのような男だった気がするが、それが今や一人前の勇者になった。今回の対クロウ戦においてワシがしてやれることはもう何もない。お主に賭けるよ」
御爺さんはこちらに近付いて来て手を差し出した。篭手を装着してから握手をするため手を握った瞬間、頭の中に膨大な量の映像が流れてくる。貧しい農村の医者の息子として生まれ戦争に巻き込まれ、祖国の勝利のために非人道的な実験に手を染め、敗戦によって罪と罰だけを背負った男の記憶だった。
世界に対する償いとして、才能があっても世から弾かれた者たちの居場所を作り、技術だけでなく心も育てていくなかで、世界を揺るがす天才が現れる。彼の技術が完璧になれば、世界の貧困も戦争も減るに違いない。
ただ彼は愛された記憶がないからなのか人を人とも思わず、誰彼構わず抗うことに闘志を燃やす一面を持っていた。男は天才に対して技術を教えるだけでなく心を通わせ続ける。長い年月の中で深く愛し愛される女性と出会い結婚もし、表情も豊かになり研究も形になり始めた。
師として弟子たちを育てる立場にもなり、天才の変わった姿に安心した男は寿命を迎える前にすべてを託そうとする。だが運命は彼らを手放さない。天才の息子は親を大きく超える才能と、多くの人に慕われる人格者で天才も心から愛する自慢の息子だった。
親をも超える才能は生まれた時から息子の体を蝕み、十歳で足が動かなくなり十五で左腕が聞かなくなる。天才と男は研究中であった人工人間の体への移植を提案した。魂を移せば長生きが出来る、世の為人の為に生きろ、と。
二人の提案に息子は感謝したが、首を縦に振らない。なんでもできる自分にとって、唯一他人と同じく迎える死を変えたくはないと言われ、二人は愕然とする。強引に行おうとしても全てが上の息子に防がれてしまう。
残された日々を懸命に生き結婚する相手にも恵まれたが、ついに体が才能に耐えきれなくなる日を迎えた。最後の一瞬の隙を突いて移植を敢行しようとするも、自分の死を汚さないでくれという言葉に二人は止まってしまう。
――師匠、僕は変わってしまった……前までなら……。
燃え尽き廃人のようになっていた天才は、ある日突然そう言い残し男の元を去る。しばらくはそっとしておこうと合わない日々が続いた。再度男の目の前に現れた天才は老いた体を捨てた姿で現れる。
神を見つけるための実験に力を貸して欲しい、そう天才は言った。別の場所に地球と似た星を作り、人間を作ろうとしたが上手くいかない。人工人間に魂を移して人間のスタートとしたいと言われ、ようやく死を乗り越え研究者に立ち戻ったのだ、と男は喜び協力をする。
共に行動をしていくうちに、立ち戻ったのは研究者ではなく、最初に出会った時の天才だったと気付く。やがて非人道的な研究の末に得た魔法をコピーされ、非人道的な行いをしながら魂を天才が作った世界に引っ張り始めた。
魔法使いとしての力を上回る天才に直接対決では勝てない。男は自分の魂を砕き各地に散らばらせ、引っ張ってきた魂の中から勇者を探し、彼の企みを阻止すべく動く。ある者は天才に与してしまったが別の星に降りた者から協力を得られ、元の世界で魂を引っ張られないよう活動してくれている。
さらに天才が見ようともしなかった自らの孫の系譜を探してもくれていた。作り出した世界の神となった男を倒すには、その系譜の力を借りるしかないと考えていたので、どうか正しく導いてくれと願いながら男は時と星を旅し続ける。
「……パルヴァとミレーユさんに会って行かれないのですか?」
「そうじゃな。年寄りが出張ると二人とも良い顔をせんじゃろ縁起が悪いしな。ワシは最悪の事態を想定し備えるだけ。すべてが終われば二人にもまたあえる」
「わかりました。ではアリーザさんの件、お願いします」
「お前さんの勝利を心から願っておるよ」
御爺さんがそう告げると、景色は動き出した。周りを見た後で彼がいたところを見ると、差し出したこちらの手だけを残し姿は消えている。
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