コトアマツカミとミカボシ
「やるわね……さすがジン・サガラ」
健闘を認めながらこちらの名前を口にする氷の魔法使い。この大陸に来て冒険者としては目立った行動はしていないはずだ。まさかとは思うがノーブル君がリベンだけでなくカーマ方面でも言って回って帰ってきたのだろうか。どれだけテンション上がってたんだ彼は。
「……ノーブル君のお陰ですっかり有名人だな」
「困るわよね、こっちの切り札の一つなのによくわからない奴を持ち上げて回るなんて」
へたをするとネオ・カイテン周辺まで知れ渡ってそうだなと呆れたが、相手が口にしたこっちの切り札の一つという言葉がとても気になった。恐らく彼の血統やファーストトゥーハンドを継承出来た者として、サラティ様を退けた後の後釜に据えるか、看板にするつもりなんだろう。
だがそれを達成するためにはサラティ様を倒さなければならない。手合わせした限りでは、ミサキさんは決して弱くはないがリオウの方が強い気がするし、本気の欠片を出して稽古を付けてくれたサラティ様には敵わない。
「よほど今回の作戦に自信があると見えるが、そんな切り札があるのか?」
目の前の魔法使いは相手方の主力のはずだ。こっちの数に対して上回る数だけでなく、強い者を送り込めるだけの切り札が相手にはあるに違いない。サラティ様をミサキさんが単独で倒すのは難しく、本来であれば門を全て閉じて総がかりで行くべきところを戦力を割いてきているのだから。
「わざわざ隠す必要もないから教えてげるけど、当然あるに決まってるじゃない。だからこそこうして私があなたたち相手に出張ってきたのよ」
「サラティ様に匹敵する人間がいるなんて驚きだな」
「世間は狭いもの。暗闇の夜明けのテオドールの協力を受けて、あの方の復活が叶った。連中は得たいが知れないけど、存外役に立ったわ」
「復活?」
「復活よ復活。本来であればあのお方こそがネオ・カイビャクを、いえネオ・カイテンも含めた国であるコトアマツカミを統治していたはずだった。原因不明の病に侵されて亡くならなければね」
「ノガミにそんな人が居たなんて凄いな。だがその人は人間族なのか?」
「当たり前よ。ヤスヒサ・ノガミの第一子にして正統後継者である、ミカボシ・ノガミ。彼はヤスヒサ王と竜人であるラティ王妃の間に生まれながら、竜の血のみを引かずに生まれた奇跡の子」
竜人の子であるにもかかわらず、竜の血のみを引かず生まれたとは確かにノガミ原理主義者が崇めるに相応しい逸話を持った人物だ。テオドールたちが協力して死んだ人を蘇らせたと聞き、アリーザさんやガイラを思い出す。
恐らく魔法石を心臓代わりに使っているのだろうが、そんなに簡単に誰でも生き返らせられるのか? 頭をふと過ぎったのはクロウの存在だった。この世界の神ならそんなものは朝飯前だろう。次から次へと厄介なことが起こるな、と呆れる。
これでここまで大人しかったノガミ原理主義者たちが一気に攻勢に出た理由がわかった。こっちとしてはそのミカボシという人を倒せばいい。とんでもなく強いんだろうが、倒す相手が判明しただけ運が良いと思うことにする。
敵の切り札の名前がわかったが、そういえば目の前にいる魔法使いの名前を知らないことに気付く。もう彼女もこれ以上のお喋りは必要無いだろうし、こちらも急がなければならない。ここから先はどちらかが倒れるまで戦うことになるので、その前にたずねることにした。
「教えてくれて感謝するが、出来れば君の名前を教えて欲しい」
「これは失礼。私の名前はジュリア、ジュリア・ノガミ。代々氷の魔法を受け継いできた、正統なノガミの人間族の血を引く者よ」
彼女の名乗りを聞いて強さに納得する。ノガミの血を引く者は両親が人間族同士でもここまで強いんだなと感心せざるを得ない。明らかにこの世界の平均値よりも高い能力を有していて、彼のチート能力が子孫にまで影響しているのかなと思った。
チートで思い出したが、イザナさんにヤスヒサ王が異世界人だと知っているノガミがいないのか、とたずねた時に、理解する者が少ないと語っている。ノガミの中にもイサミさん以外に理解している者が居るに違いない。
例えばノガミ原理主義者の中にいてもおかしくはない筈だ。
「改めて名乗ろう。俺はジン、ジン・サガラ。異世界人だ」
異世界人と聞いてジュリアは露骨に嫌な顔をしたが、直ぐにすました顔に戻した。異世界人などというワードを聞く機会はほとんどない筈だ。それこそヤスヒサ王絡みでもない限り、この世界に異世界人が山ほどいるとは思えない。
ミカボシという人を旗印として掲げるのは、よりノガミ原理主義者の正当性をアピールするにはもってこいの人物だ。イサミさんたちが仮にヤスヒサ王が異世界人であるという主張の元、ノガミ原理主義者を退けようとしても、ミカボシさんが逸話通りの人ならヤスヒサ王よりも強固な存在であるのは間違いない。
現体制に多少の不満はあるにせよ、平和ではあったはずだ。テオドールたちがミカボシという人を蘇らせたことによりノガミに亀裂が生まれ、こうして乱となっている。不可侵領域にノガミが束になって来られると面倒だと考えたのだろうが、えげつない真似をするなと呆れた。
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