天から伸びる闇
「見た目と違い喧嘩が好きな男だなお前は」
イザナさんは話し終わる前からくすくすし始め、聞き終わるとそういった後で声を上げて笑う。確かにヤスヒサ王の代名詞でそれを褒美にするなんて聞けば、ノガミ一族は誰も黙ってはいないだろうから大胆過ぎて笑われても仕方ない。サラティは条件を飲んだのかと問われたので、はいと答えると笑い転げる。
飽きれたイサミさんが咳払いをしてようやく収まった。彼女が言うには改めて確認したことはないが、三鈷剣が無いことは基本的に一族や旧臣なら知っているはずだと思うと話す。元々倉庫にはレプリカがあったが、一族から連絡があり時が経ち過ぎて劣化してしまったため作り直して欲しい、と依頼があったと言う。
今回それが出来たので持参してきた、タイミングが良すぎるなと言って声を殺してイザナさんは笑う。いまさらながら国民は驚かないでしょうかと問うと、だからこそやる価値があるドキドキハラハラするだろう? と言われイザナさんらしいなと思い苦笑いする。
「なんにしても所有者はもうとうに移っている。さるお方が必要だから貸し与えたもうたという剣なのだから、ノガミの所有物でもないことは旧臣なら誰でも知っているはずだ。もう新しいところでは三代目になろうというのに、康久の幻影を未だに追い続けている国民が目を覚ますには良い機会かもしれんな」
「父上、一応政権維持のお題目だから作り直したのではないのですか?」
「もうそういう時ではないのだろう。俺様とてジンの登場を予見しておればこんなものは作らなかった。まぁ作ったことで役に立ちそうだから甲斐はあったのだろうが」
イザナさんが立て掛けてあったギターケースくらいの長さの箱を手に取り開ける。するとそこには三鈷剣、と剣腹に漢字で掛かれた普通のロングソードが入っていて驚く。いたずら小僧のような顔をしてニヤリと笑うイザナさん。
偽物の三鈷剣の柄頭をつまんで床に放り投げ、こんなものをヤスヒサ王の遺産だからと言って確かめもせずに有難がる方がどうかしているのだ、と言って呆れていた。ただ気になる点として、サラティ様だけでなくリオウの傍にも三鈷剣の話を親から聞いている者が複数いると言い、知っていて黙っているとしたらなぜだろうなと訝しんだ。
現在サラティ様やリオウの周りにいるのは企みを腹に隠して近付くような連中ばかりで、リベンそのものが歪んでいるのも仕方ないと語る。本来であれば調整役として師匠が動いていたものの、ティーオ司祭を監視するために止む無くリベンを離れてシャイネンに赴いたらしい。
ひとつがズレたことでひずみが生まれたのだから、混乱を生み出したい者にとっては実に効果的だなとイザナさんはつぶやいた。自分一人が動くことでここまでになるのを計算しているとしたら、ティーオ司祭の頭脳には感服するしかない。
クロウを退けても彼がいる。気が抜けない状況が続くが、先ずはここを通過するのが先決だと考え頭を振った。
「正直、今回の招集に応じようか迷っていました」
少し間を置いてからイサミさんはとても言い辛そうに言い、イザナさんも同意するように頷いて腕を組み目を瞑る。なぜ応じるかどうか迷ったのか問うと、彼女は付けていた緑色の水晶のペンダントを外し掌に乗せる。少しするとそれは光を放ちながら浮遊し、徐々に黒い光に変わって落ちた。
ペンダントはイサミさんの母とヤスヒサ王が共に見つけ、王の呪力を込めた形見であり困った時の占いなどに使用していたと話す。時期的にも珍しい招集な上にこれまで無かった三鈷剣の再出現もあって不安を感じ、ペンダントにたずねてみたが今回と同じような挙動を見せたらしい。
一族会議の招集にも気になるところがあり、必ず参加するようには言われず事情は考慮すると言われていたようだ。年末年始は当然として、一族会議と呼ばれるものはこれまで召集の声が掛かれば必ず参加を義務付けられていたのに、と彼女は戸惑いながら言う。
「神が来るのかもしれんな」
イザナさんの言葉に息を呑む。まさか不可侵領域ではなくリベンで戦うことになるのだろうか。この世界を作りし者であるクロウは、不可侵領域に自分も知らないものがありそれを出すためにアリーザさんの時を止め、こちらに来るよう言ったはずだ。
ひょっとしてそれの正体がもう分かったのだろうか。神を強化するようなものではないことを祈る他無い。現状でもクロウを一瞬止める魔法の言葉が一つあるだけであとは未知数だ。底のしれない神と戦うのにパワーアップされたら手の施しようがない。
理由も無しに三鈷剣が来たとは思えんとイザナさんが言う。康久はリベンでクロウが憑依した者と戦い勝利し、彼の死後に消え去っていた剣が帰って来たのはそういうことなのかもしれん、とも話す。クロウとの待ち合わせについて話すとイザナさんはより一層難しい顔をした。
「まぁ俺様の勝手な予想だし、用心する以外に出来ることもない。いまさら一族会議を中止しろなどと言っても無理だろうからな」
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