勇者を追う者
千三百ゴールドとなると皮の袋が複数になるのかと思いきや、延べ棒と紙幣が出てくる。こちらが驚いているのを見て、受付の人は延べ棒は千ゴールド相当だと説明してくれた。さらに竜神教か冒険者ギルドがある土地であれば延べ棒が使えるとも教えてくれる。
カウンターに置かれた延べ棒を見て、革袋をぶら下げるくらいしか持っていなかった頃が懐かしくなってきた。ついに延べ棒を持ち歩く人間になったかと思いつつ報酬を受け取り、ギルドを出て階段を下りながら脇をみたらエレミアが体育座りをしていたので驚く。
階段を下りて前に移動し、目線を同じにするべく片膝を付いてエレミアを見た。目が開いているのにこちらに反応しないので可笑しいなと思い、手を振ってみるが反応が無い。どうやら目を開けたまま寝ているらしく、半開きの口からよだれが垂れ始める。
肩に乗っているシシリーは大きな溜息を吐いた後で肩から飛び立ち、エレミアの顔の前まで行き右手で鼻に触れた。触れられたエレミアはびくっと体を跳ね上げたあとで周囲を見回し、こちらを見て驚いたが誰か認識したようで大きく息を吐く。
シシリーが肩に戻って座ってから、お疲れ様と声を掛けて右手を差し出す。まだ完全に目が覚めていないようだが頷き手を取ったので、ゆっくりと引いて立ち上がらせる。よろけた彼女を受け止めたが満身創痍のようでそのまま寝始めた。
デザート屋さんへ行っても食べるどころではないだろうと考え、エリート宿に一旦戻り彼女を寝かせてシシリーと二人でデザート屋さんに入り、フルーツタルトを注文する。今回はおやつの時間少し過ぎに来たので待たずに二人分テーブルの来た。
お昼も飛ばしてしまったので、空きっ腹が驚かないようゆっくり味わいながら食べる。半分くらいたべたところで窓に気配を感じ恐る恐る視線を向けてみたら、ノーブル君が真顔でガラス窓に張り付いてこちらを見ていた。
エレミアもやってたけどこれ今リベンで流行ってるのだろうか、と不思議に思いながら見る。こちらがなにもリアクションをせず見ていると根負けしたのか、張り付きを止めて中に入って来て向かい合う様に座った。
もう直ぐ一族会議だねと声を掛けてみたが、大きな溜息を吐かれる。なにかあったのかたずねると堰を切るように話し出した。朝の稽古に同行していた日、報告する用があってもう一度サラティ様の部屋に行ったところ、邪魔なので次は来ないよう注意されたらしい。
これまで一族の期待を背負い、鍛えに鍛えてファーストトゥーハンドソードを継承した。この世ならざる者討伐隊にも入り功績も上げた。だというのに邪魔と言われたのは意味が分からず困惑したと言ってノーブル君は悔しさをにじませる。
諦めきれずこないよう言われた翌日もエリート宿に行こうとしたものの、セリナさんに止められたので諦めたらしい。個人的にセリナさんの言うことに大人しく従ったのが意外で、そのまま口にすると彼は何か言おうと口を開いたが目を伏せ口を閉じた。
彼は正直だなと思い笑みがこぼれてしまう。ノーブル君はヤスヒサ王の遺産であるファーストトゥーハンドソードを継承するほどの腕と血筋がある人物だ。真っ直ぐで譲らない彼を止めることが出来るとしたら、それはサラティ様と同じ一族の年長者くらいのものだろう。
わざわざ深く追求するのも気が引けたので、ウェイトレスさんにコーヒーを二つ頼み空気を換える。コーヒーが来て目の前に置かれ、一口飲んでからノーブル君は話は再開した。数日後用事にかこつけて朝の稽古の時間来て見たら、今まで見たこともない力を解放した彼女を見て心底驚いたと言う。
一族同士の本気の戦いはご法度なので出されたことは勿論無い。自分がどれだけのものなのか知りたくて本気で相手をして欲しいと懇願した際に、了承してもらい稽古を付けてもらったことがあるがあんなに凄い力ではなかった、あなたは一体何者なんだと問われる。
ただの冒険者だよと答えたが、ノーブル君は納得いかないのか不満そうな顔をしていた。師匠の話やクロウの話などをすると、ティーオ司祭のことも話さなければならなくなるのでそれは出来ない。話せば彼にも余計なことを背負わせることになる。
まさか一族の、それもヤスヒサ王の直系が暗躍し世界を歪めるようなことに手を貸しているなんて、言えるはずもない。どうあってもただの冒険者で押し通すしかないので笑顔のまま黙っていた。すると彼は納得は出来ないものの、こちらの事情を少し察したのかウェイトレスさんに一番高いのを一つ、この人の払いでといきり立ちながら注文する。
高級デザート程度で済ませてくれるならこちらとしては安いものだ。ただそれだけでは悪いので君は若いんだから急がずとも鍛え続け、俺の年くらいまでに彼女を本気にさせれば良いじゃないか、と伝えてみた。
唸り声を小さく上げながら俯き、腕を組んで目を瞑り背もたれにもたれ掛かり少ししてから、あなたよりも早くそうさせてみせますと睨みながら言う。彼のような男には人を恨んだり妬んだりするのは似合わないので、内心ほっとしながら笑顔で頷く。
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