魔法使いとの遭遇戦
「町長からの依頼を解決する為の者をお貸しします。本来門外不出ですが事情が事情ですので」
「その代わり情報をお伝えすれば宜しいですか?」
「それで構いません。恐らくはシカたちが戻っていった方角で何かが行われている可能性がありますのでそちらを探して見ると良いでしょう。ベアトリスさんはあの調子だと動けないと思いますから、今のうちに探しに行くのが正解かもしれませんね。色々迷っているようですから」
ティーオ司祭の言葉に頷き二人でお茶を飲み干した後立ち上がり、司祭が本棚の一つを手前に引いた。すると本棚が扉が開くような感じで動き壁に扉が現れる。そこを開けると教会の裏手の中庭に出た。司祭は一度空を見た後で視線を前に戻し、周囲を確認してから中指と親指を口に銜え口笛を吹く。
少し間があってから左側に黒い点が現れ、こちらに飛んで来て司祭の頭の上に着地する。よく見ると小さな竜が乗っており、大きな丸い目で周囲をキョロキョロし始め俺を見つけると停止した。
「ティアム、今日は彼に付いて散歩しておいで」
「ぐあ」
そう言われると口を大きく開き答えてから俺の方へと飛んで来る。伝説の生き物である竜を、こんな町中で見れるなんて驚きを隠せない。竜神教だから竜が沢山居るんだろうか。
「竜は基本的に一人しか子を成せません。ですがその代わりとても強力なんですよ? 人間がこの子を捕らえるのは不可能ですし、例え捕らえたとしても同族の竜に死ぬまで追い掛け回されるので普通はしません」
「大事な方じゃないんですか?」
「竜神教というくらいですからね。丁重に扱ってください」
「何に気を付ければ良いんですか!?」
「機嫌を損ねない様にして頂ければ。竜の子だからと侮ってはいけませんよ? とても賢いですから」
後頭部にしがみ付いたティアムが大きく頷いたようで、頭に顎が当たって痛い。あまり遅くなると危ないからと司祭に送り出され、中庭の奥の出口から真っ直ぐ進んだ先にある山の方へと向かう。まだ夕方まで時間がある筈なのに、真っ直ぐ進むにつれて暗くなってきているような、そして肌寒さが増しているような感じがしていた。
段々と自分でも歩く速度が遅くなっていくのが分かる。野生の勘が働き先に進むのを躊躇わせているんだろうな……だが行かなければならない。この件を放置しては進めないし、引き返して放置すれば、ベアトリスを始め多くの人が居なくなってしまう気がした。
知らない世界に来てやっと出来た繋がりだ。自分が進むことで皆との繋がりを保てるなら、例え危険を冒すとしても足を止める訳にはいかない。俺は覚悟を決めて怯えた速度を元に戻す。
「おやまぁ。警告したのに鈍感なのかにゃ?」
森の中に女性の声が木霊する。語尾ににゃってここメイドカフェか? 秋葉原のアトラクションなのか? と現実逃避してみたが、そんなものを掻き消す様に辺りが霧に包まれ始めた。呼吸をした瞬間、甘ったるい匂いがしたので急いで口と鼻を手で塞ぐ。
「可笑しい……香りは一瞬で即動きを止められる筈なのに動いている? お前何者にゃ?」
その言葉を聞いて答えるはずも無い。とは言えこのままでは相手の正体を見る前に息が止まってしまう。その前に距離を取らないと……幸い微風ではあるが風下ではなく風上に居るし、霧の広がりは遅いので教会までは行っていない筈だ。後は俺の息が抜けられるまで続くかどうか。
「最初ただの間抜けかと思ったが……人間は大変だけどジワジワ支配してやるにゃ!」
白い霧はピンク色が混じり出し濃くなっていく。俺は一か八かその場から全速力で移動する。霧は大分広がっていて走ってもまだ抜けない。息がしたくて肺が藻掻いているのが分かる。限界か……!?
「ぬあっ!」
最後は全力でダイブし霧から抜けられるよう祈りながら前転する。パワーが上がり肉体労働をこなし続けた結果、体力もアップしていたようで何とか霧の範囲から脱出成功した。直ぐに深呼吸して肺に酸素を送り込む。
「逃がさないにゃ」
覚悟を決めたので逃げる予定は無いが、少しは状況を改善しないと逃げるだけしか選択肢が無い。魔法が使えればこの霧を吹き飛ばしたり出来たんだろうが、無い場合は月並みながら肉体労働しか無いな。俺は覚悟を決めて霧の範囲を調べるべく走り始めた。
徐々に広がっているだけで霧は俺に向かって伸びてこない、となると術者はピンポイントでコントロールしたりは出来ないだろうから、中心地点に居るに違いない。ぐるりと走ってから急ブレーキを掛け、直ぐに息を大きく吸い込んで真っ直ぐ突っ切る様に走り出す。
「あらまぁ無謀だにゃ魔法使いの領域に入って肉弾戦をしようなんて」
読み通り中心地点に居た。皮のジャケットに皮の胴鎧、膝まである白のスカートを履いたツインテールの少女が仁王立ちして杖を握っている。どうやらあれの先から霧は出ているようだ。俺は少女を直接攻撃せず、その杖目掛けて突っ込みながら盾を背中から下ろす。
「キャッ!」
杖を回転させ霧を増やし身を隠そうとしたが、俺は思い切り盾を振り回し杖の先に付いている水晶玉を強打した。少女は堪えようとしたが、俺の力が予想以上に強く体が泳いだ挙句杖を手放した。俺はそれを思い切り蹴って走り去る。息がもう限界だった。
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