本気の稽古
騙すようで悪いが、あってもなくても戦いの前に三鈷剣を呼び出し倉庫に置いて偽装すれば良い。皆が三鈷剣と認めてリオウ・リベリが乗って戦いが始まることが肝心だ。こっちとしたら二度も負けるなんて死んでも嫌なので絶対に勝つ。
サラティ様にはもう直ぐ一族会議もあることだしその時に確認しましょうと提案し納得してもらった。こちらとしては先にイザナさんと接触し、協力を頼み偽装するので三鈷剣があるかないかの心配は杞憂に終わる。
話を元に戻しリオウに勝つので是非提案に乗って貰えないか、と押してみた。あなたでは勝てるかどうかわかりませんよと言われたので、ならば弟子が勝てるように鍛えて頂きたいと思い切っていってみる。
自分としてはまだ確実に手応えが無いので、彼女にリオウにこれなら勝てると言うくらい鍛えてもらえるなら是非お願いしたい。じっと答えを待っていたが、小さく笑っただけで答えない。無理を言ったと考え一礼して去ろうとして背を向けるも、なぜ去ろうとするのかと止められる。もう一度前を向くと先ほどまでと違い、禍々しい紫色の気を発し纏い始めていた。
リオウに勝つためには、この見たこともない紫色の気を発し纏っている彼女に勝たなければならないのかと思うと震える。これだけ強いならどんな敵が現れても負けないだろうなと思いながらも、ひょっとしたら本気ではない可能性がある。気を探ってみたが底が見えなさ過ぎて取りこまれかけた。
凄さに足がすくむこちらを無視し、死ぬ気で掛かってきなさいでなければ死ぬことになると告げられ、自分が頼んだこととはいえ生きた心地がしない。残像を残して間合いをゼロにし腹部に拳が迫ってくるのが見えたが、シシリーを肩から離すこと以外に早すぎてなにも出来ずに受けてしまう。
内臓が一瞬で潰されたような感覚に陥る。腰に差している妖精の宝が自分を使えと言っているような気がしたが、サラティ様に対しては駄目だ。なんとしても武術で押し返さなければ、武術で稽古を付けてもらっている意味が無い。
衝撃で飛ばされた先で着地し歪む視界で前を見たが、彼女はこちらが落ち着くのを待っていた。どうにか一撃だけでもと思い気力を振り絞って足を動かす。スローモーションのように映る攻撃は気付けば避ける間もなく直撃している。
早すぎて動き自体を捉えきれていないんだなと理解したのは、攻撃を受けて部屋の窓ガラスをぶち破り外へ出て落下し始めた頃だった。大した攻防も出来ず一方的にボコられて終了したのは情けないと言う他無い。落下して地面に直撃して死に掛けるかと思ったが、妖精の宝が光り何かしら補助をしてくれているのを感じる。
ゆっくりと地面に着地したが落下の勢いを全て殺せた訳では無いようで、ごろごろと転がり出し民家の壁に当たってようやく止まった。あんなのにどうやって勝てと言うのか。クロウですら勝てないんじゃないかと思えてならない。
ホント世界広すぎてマジ無理、と思いつつ体を起こそうとしたがあちこち痛すぎて動かせない。復気をすべく気を発しようと試みたが、欠片も出てこないので死に掛けだと分かる。ぼーっと地面を見ていると向こうでの最後の光景が頭に映り始めた。
「よう、生きてるか?」
これが走馬灯かと思い覚悟を決めた時、呑気な声でクニウスがしゃがみながら声を掛けてくる。虫の息だよと蚊の鳴くような、しかし今の精一杯出せる声で伝えたら笑われた。あれはノガミでもとびっきりで、恐らく彼女以上のノガミはこの先どうあがいても出てこないだろうと彼は話す。
最強である彼女でもクロウには勝てないのかなと聞いてみたが役割が違うからなと言った。あくまでも為政者として民を導き護る星を背負って生まれた者であるサラティ、悪しき者を退ける星を背負って生まれた者であるジンが同じではない。
彼女は為政者としてこれ以上強くもなれないしどこにもいけない。対してジンはこれから望めばどこまでも強くなれるしどこにでもいける。互いに求めもしないものが来る点は似ているなとクニウスは語る。
たしかに役割は違うのかなと思いながら小さく笑うと、クニウスの後ろからパルヴァが現れ右腕をクニウスの右肩に乗せながら掌をこちらに向けた。掌は白い光を放ち始め徐々に体の痛みが消えていく。少し待っていると完全に痛みが消えて立ち上がれるようになる。
パルヴァに感謝をしながら立ち上がり体を軽く動かしてみたが違和感なく動けて驚いた。さすがパルヴァとおだててみたが、今この大陸一強い女性を本気にさせるなんてクニウスでもやらないのによくやるわと呆れられてしまう。見た目だけで考えるとやってもおかしくなさそうなのにというと、彼はお坊ちゃまだから演技しろと言われればやるでしょうけど基本やらないわと言う。
お坊ちゃまと聞いて今の風体から想像できずに吹き出す。笑っちゃうよなとクニウスは言ったが、思い返せば確かに食事の所作もしっかりしているし可能性はなくはない。顎に右手を当てて考えていると、そんなものはどうでもいいから朝飯奢ってくれよと言われる。
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