あらたな形態へ
「ぐ、ひん」
両膝が御腹に入り凄い勢いで落下していく。さすがにこのまま地面に叩き付けられたら死ぬだろうと思ったが、寸前のところで勢いが緩やかになり地面に着いた。イサミさんはダブルニードロップしたままだったので腹部を圧迫されて変な声が出る。
「ここに来る人は弱ってるんだから焔祓風神拳なんて打ったらこの世ならざる者から解放されても怪我で亡くなるかもしれないでしょ?」
上に乗っかったままこちらを見つつイサミさんは言う。混乱していたとはいえ焦り過ぎたので反省し、申し訳ありませんと言うと宜しいと言われ上から退いてくれた。素早く立ち上がり辺りを見回す。普通の人間を超える数のこの世ならざる者で病院は埋め尽くされている。
ただの地獄がそこにあり、どうしたらいいのか途方に暮れてしまう。マリア姉さんを探しましょうとイサミさんはこちらを振り向いて言った。直ぐには頷けるはずもない、それはこの人たちを見捨てるということだ。
頭にアリーザさんの笑顔が映り、俯くことしか出来ない。自分も彼女も見捨てられた側の人間だ。見捨てられる辛さは誰よりも知っている。だから自分だけは彼女を見捨てない。この世界を作った神様と戦うとしても必ず勝って救うんだ。
「いつまでそうしているつもり? 一秒も無駄に出来ないのはわかっているでしょう?」
返事がないこちらに業を煮やしたイサミさんは再度選択を迫ってくる。一人も助けないか一人を助けるか、と。目の前では多くの人たちがこの世ならざる者に覆い被され飲み込まれていく。近くで小さな女の子が苦しみながらこちらに手を伸ばしていた。
せめてあの子だけでもと飛び出そうとしたが、イサミさんに行く手を遮られる。あの子を助けたら放ってはおけない連れたまま戦うつもりかと聞かれ、それくらいできると答えた。他にもいる人たちの誰を助けて見捨てるのか、この状況では絶対に避けられない選択を迫られている。何を基準にそれを決めたのかと聞かれ、答えに窮した。
もちろんすべてを救えるなんて思っちゃいない。だけど救える命が目の前にあるのにそれを救わずに動くなんて間違ってる。とても受け入れられない。だけどどうしたらいい? 無力ではないにしても神ではない自分には、思いから選ぶことしかできないし助けられる人も限られているのはわかっているけど、自分に力があれば誰も選ばず全てを助けたい。
誰か力を与えてくれないか、自分にできることならなんだってやるから……。
――君は正義の味方じゃないから
そう、正義の味方じゃない。だけど今この状況を目の前にして、消えていく命を出来るなら一つでも多く救いたいと強く願っている。自分も先生に拾われ助けられた命だと、この間久し振りにあって改めて思った。
――じゃあこれから先は違うかな
三鈷剣に普段宿っている炎とは違う、青白い炎が溢れて来て周囲を囲む。青白い炎の向こう側には、燃え盛る炎のような髪の毛をした荘厳な顔の人物が腕を組んでこちらを見ている。腕を解き右人差し指で口を指さすとゆっくり開いた。
――無力なる者よ、その身を焦がせ
三鈷剣を握ると聞こえてきた声にそっくりだったので驚く。なら敵ではないと安心していつものように続いて声を発した。
「無力なる者よ、その身を焦がせ」
――悪しき者たち道を開けよ、我は揺ぎ無き守護者也
「悪しき者たち道を開けよ、我は揺ぎ無き守護者也」
合わせて言葉を発し終えると青白い炎が体を包みこんでいく。同時に高温が体を蝕み激痛が走った。気を失うと思いきや苦しみが続き、やがてすべてがとけて燃やし尽くされる。感覚は残っていたがなにも見えずなにも聞こえない。
徐々に痛みからだけは解放され安堵していると、大きな光が現れたと同時にこれまでの出来事が通り過ぎて行った。この世界に初めて降り立ってから、多くの人たちと出会い心を通わせてきたなと感慨深い気持ちになる。
―ジン殿
まだだ、まだなにがあろうと死ぬ訳にはいかない。塵になったとしてもひとつずつ掻き集め、腕一本だけだろうとそれで敵を倒して彼女を救うんだ。
――悪しき者を砕波せよ! 顕現不動
「顕現不動!」
この世界に来て家族を知らない自分の家族になってくれた彼女を助ける為にも、もう負けることはゆるされない。誰かに与えられた力だとしても、それで多くの人を助けられるなら感謝し全てを使いつくして勝つ!
叫んだ後で視界が元に戻った。どうやらまだ死んではいないらしくてほっとする。下を見るといつの間にか草履を履いて腰には薄い布を巻き、見たことも無い軽鎧を上半身だけ着ていた。あまりの変わりように驚いていると、
「ジン!」
イサミさんが叫ぶ。時間はそんなに経っていないようだがさっきみた女の子が危ない。恐らくあの荘厳な顔の人が力をくれたのだろう。ならば
「大火焔」
思い切り左手を突き出し叫ぶ。掌からいつもの炎ではなく青白い炎が走り、あっという間に一面青白い炎の海になる。この世ならざる者だけがとけていき、患者たちが介抱された。
まだ建物の中にも山ほどいるはずだが、このまま走って消していては間に合わない。一か八かだ!
「おおおおおおお! 大火焔!」
気合を入れて右手に握る三鈷剣を地面に突き刺した。青白い炎は地面を走り建物を包み込んでいく。この場にいる全てのこの世ならざる者を燃やし尽くすため三鈷剣に力を送り込み、全て出し切ると意識を失った。
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