テオドールの力
「他人のことにかまけていては我々には勝てないんだけど、それでいいのかねぇ? お姫様は今度こそ本当に死んでしまうよぉ?」
考えるより早くテオドールへ向けて拳を打ちこんでいた。まだ話を聞いて無いのに倒してしまったかと思って焦ったが、テオドールは無傷のままでいる。なにかを叩いたという感触はなく、速度と力をゼロにされたような感じだった。
「うーむ……君は本当にその状態でクロウ・フォン・ラファエルに勝とうとしているのか? 少々甘く見過ぎだと思うけどね。この程度のトリックを打ち破れずに無効化されていては触れることすら叶わないぞ?」
先ほどまでのおどけたような感じはどこへやら、真面目な顔でそう言ってから鼻で笑う。テオドールも暗闇の夜明けの一員だけあってなんらかの力を持っているようだ。今回の騒ぎを収めるには骨が折れるかもしれない。
「少々ガッカリしすぎてやる気をなくした。君が来るまでに実験はある程度終えたし、もう十分だから帰るよ」
「黙って帰らせる訳にはいかない」
三鈷剣を呼び寄せ掴むと切っ先をテオドールへ向けた。するとガッカリした顔から一転して子どものように顔を輝かせる。なんとも忙しい人だなと呆れたがのんびりしている場合じゃない。ここで暗闇の夜明け、クロウの腹心を潰せるなら美味しい展開だしチャンスを逃す手はないだろう。
テオドールもやる気らしく、顔を輝かせたまま手招きする。覆気と同時に三鈷剣にも炎が宿り戦闘態勢に入った。一太刀で蹴りを付けるつもりで一番速度に自信がある斬り上げを放つ。
目を見開いたテオドールは白羽取りを試みる。まさかこれも掴まれるかと思ったが両手をすり抜けて三鈷剣はテオドールの顔面へ行く。決まったかと思ったが、そのすり抜けた両手がこちらに伸びて来た。
明らかに元の長さを超えさらに速度もあり、どんなトリックだか想像が付かないがこのままだと直撃する。体を捻ってダメージを抑えれば剣が届かない。敢えて喰らう覚悟でもう一歩踏み込んだ。どちらが早いか互いの視線が交差するも、三鈷剣はその視線の間に立ち炎を吐く。
テオドールの手は炎を避けるように湾曲しこちらへ向かって来たが、素早く飛び退いた。目も口も大きく開き歯を見せながら微笑むテオドール。次はなにを仕掛けてくるのか警戒しているとおもむろに白衣のポケットに手を突っ込み、なにか小さな粒を取り出し顔の横に持ってくる。
顔を横に向けその粒を口に放り込んだテオドールの体は、間を開けずにあちこち隆起しては収まりを繰り返しだした。化け物めと呟くこちらに対し、シンラに比べれば可愛いものだという。シンラが依然と違うと司祭が言っていた気がするがお前が何かしたのか、そう問うと堰を切ったように笑い始める。
コイツに関しては一から十まで理解出来ない。する気が無いからだと言われればそれまでだが、ここまで分からない人間がいるとは改めて世の広さを思い知った。
「いやすまない。シンラも存外処女のようなところがあるのだなと思ってね」
「気持ち悪いことを言うな」
「これは失敬。だがそれほど純粋だと思ったんだよ私は彼に対して。まさか君が知らなかったとは思わなかった。シンラのあの姿は我々の力によるものだ。君にシンパシーを感じているのも、同じ何者かによって力を与えられた者同士だからだろう。言わずとも通じると思ったのだろうか……いやぁ実に面白い!」
いちいち不快な奴だ。語るまでも無いと改めて炎と気を纏いテオドールに襲い掛かる。この狭い部屋の中ならお互いに逃げ場はない。今度こそ斬り捨てるべく剣を振るうもテオドールは軟体動物のように体をくねらせ部屋を泳ぐように移動し始めた。
妖怪だなこれじゃまるで。どこか変でも人だと思っていたが、これなら迷いなく斬れる。襲い来るテオドールの手を斬り払い間合いを詰めたが、今度は右足を伸ばしてきた。真正面からのは避けたがそのまま足は戻り再度蹴ってくる。
左肩に直撃を受け壁に激突してしまった。あまり物が多くない部屋だがそれでもこっちは軟体動物ではないので気を付けないと怪我をする。急いで壁を蹴り移動するもぬるぬる動くテオドールの手は迫って来ていた。
避けながら例の声が頭に届かないのが気になり始めてみる。もう授けるものは授けたと言うことなのだろうか。ブキオよりも邪悪なテオドール相手に反応しないのはそういうことなのかもしれない。緊急時には意志を持っているかのようにフォローしてくれるのは変わりないので、なにかあればまた語り掛けてくれるだろう。
「やるねぇ! その炎には私も触れられないようだ! 初めて見るんだがもう品切れかい!?」
「そっちこそ!」
ポケットから取り出した粒がトリガーとなってテオドールの肉体を変えたのは間違いない。拳による攻撃の無効化はトリックとか言ってたが魔法のようなものだろう。薬とそれの合わせ技、くらいしか見当がつかない。
倒すための糸口がつかめない。なんとか一瞬でも動きを止められれば三鈷剣を叩き込めるのに。
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