ヤーノからイリョウへ
ヤーノの村を出てすぐ準備した地図を見ながら方位磁石を片手に道を進む。食料に関しては干物などを買ってあるのである程度は持つが、流石に一週間は持たない。地図を見た感じネオ・カイテンから出るまでにイスルとイリョウの町があるようだ。
その先はいずれ行くべき場所である不可侵領域がある。ただの勘だがここには入らない方がいいような気がしていた。迂回するルートを取るとイリョウから北上し、山を越えてカーマの町に行きアルタからリベンへ行く方法が安全なルートになる。
普通に歩いていたら一か月かかってしまう旅程だけに、鍛錬も兼ねて走っていくしかない。装備も殆ど無くなり重い荷物は準備のために買ったリュックのみ。軽く準備運動をしてから走り出す。先ずは近くの川に架けられている橋を渡った。
川岸にも家が幾つもありあちこちから船が来ていて荷下ろしをしている。宿場町のような感じになっていて栄えているように見えた。景色を見ながら走って通り過ぎ森に入る。道は整備されており馬車だけでなく歩いて旅する人たちともすれ違った。
途中分かれ道があり多くの人は右へと向かう。立札を見ると右側にはコウテンゲンと書かれている。昔カイテンだった頃の首都だと聞いた。今でも多くの人が行き来する場所のようで、少し覗いてみたい気もしたが我慢して立札の左側、イリョウと書かれた方へと走る。
とにかく一刻も早く到着したいので全速力で走っていたが、体力は無尽蔵ではない為イリョウへ辿り着くとだいぶへばってしまった。少し走らないだけでかなり体力が落ちたなと一瞬思ったものの、長距離を移動した覚えが無くて苦笑いする。
強くなったことによる驕りがあった。常に師匠や司祭、それにサラティ様にリオウ・リベリがいることを忘れずにいないとあっという間に調子に乗り、こんな無茶をしても落ちたとか思うようになるなと考えを改める。
毎日気付き修正し進んで行く。おっさんでも変わらず爺さんになってもそうありたいものだ、と思いながら宿を探して歩いた。町はエルフの村と同じくらい人がいたがどこか元気がないように見える。すれ違う人の中には家族と思しき人に肩を貸して歩いていたり、子どもを背負って居たりする人がいた。
宿も呼び込みをしたりせず、大き目なものが並んでいて土産物屋や華やかな食堂などは見当たらない。多くの人が行き交うのに粛々とした雰囲気のある大通りを真っ直ぐ進んで行く。すると大きく白い建物が現れる。
目を凝らしてみると入口にマウロ記念病院と書かれた大きな看板があった。どうやら人の流れの多くはそこを目指して進んでいるか、出て来たかというものだったようだ。観光に来るのではなく病院で見てもらうために来る町か、と思いながら来た道を戻る。
今のところ治してもらう病気も無いし、一泊して山越えに備えようと考え宿を探した。依頼を解決した報酬として金貨をいくらか貰っていたので大丈夫だろう。宿を何軒か周り、価格も施設内もほどほどなところを発見し宿泊する。
食事は別らしく裏手の洋食屋を紹介されそこで済ます。年季の入った洋食屋も人は多いものの明るい雰囲気は無い。オムライスを注文し平らげると直ぐに宿へ戻った。お風呂について聞くと受付のおじさんに難しい顔をされた後で、必要ならお湯を沸かして手桶に移すからそれでと言われる。
流石に汗だくのまま山は越えたくないのでお願いし、裏庭でやってくれと指定されたので移動した。お湯に手拭いをつけて軽く絞り体を拭いて済ませ、桶を返して部屋に戻る。どうもこの町は変だなと思いながらも口にはせずにベッドに潜り込む。
――そこの人
直ぐに眠りに就いたが頭の中に声が届き目を開ける。三鈷剣を導いてくれた声ではないので幽霊化と思って辺りを見回そうとするも、体がガッチガチに硬直して動けないし呼吸も上手く出来ない。魔法もある異世界で金縛りにあうとは思ってもみなかった。
――回復する力が欲しくない?
元の世界からしたら怪奇現象みたいなものが溢れる世界を生きて来たが、初めての状況に驚きを隠せない。シャイネン近くのエルフの村で幽霊らしきものを見たけどあれとは違う。漠然とした恐怖を感じながら次の言葉を待つ。
――今からあの白い建物に来て
いや体が動かないんだがと思っていたら、少し間をおいて体の力が抜けて大きく息を吐けるようになって安心する。正直なにかの勘違いとか夢だったとか思い込んで寝てしまおうかとも思ったが、頬を抓っても痛いので諦めてベッドから出た。
部屋のカーテンを開ければ外は真っ暗で恐らく深夜だろう。部屋から出て受付に行くも当然誰もいない。どうやって出ようか思案していると後ろに気配がし、振り向いたら受付のおじさん立っている。お互い驚いてからどうしたのか聞かれたが、流石に幽霊と思われるものに呼ばれましたとは言えず少し夜風に当たりたいと言った。
珍しいことを言うなと言いながら、おじさんは宿の入口のカーテンを開けて鍵を開けてくれる。ポケットから鍵を取り出し、夜中に帰ってくるときはこれを使ってここを開けてくれと言う。この町はわかっただろうが観光をするようなところでもないから店はないぞと言われ、お礼を言って鍵を受け取り外へ出た。
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