火焔
「とりあえずここは一旦引くぞ。対策を立てられる可能性が出て来たのだから、今不必要に突っ込むのは愚の骨頂」
イザナさんの言葉に頷き皆と共に引き返そうとした時、奥の方から悲鳴が聞こえた。きっとあの真っ黒な像に襲われているに違いない。勝てる見込みもその方法もわからない状況で助けに行ったところで共倒れになる。
「待て、ジン!」
頭ではわかっていても体は声のする方向へ走り出していた。多少時間を稼いで逃げるくらいのことなら出来るはずだ。イザナさんに先に皆と逃げて下さいと叫び走り続ける。声のした付近に来るとやはりあの真っ黒な像が居て、目がぎょろっとしていて青い鎧を着た人物に覆い被さっていた。
顔がこちらを向いていて見れば泥まみれ君一家と同じように口の中は牙が生えている。同じような種族となると身体能力はこちらより高い筈なのに、それでもあっさり捕らえられてしまうのか。改めて異形の敵に対する恐れが顔を出す。
なんとか恐怖を抑え込み敵に向かって突っ込んだ。先ずは拳で一撃加えようと考え走りながら構えたが、右手に握っている三鈷剣が意志を持っているかのように体を引っ張り、間合いに入ると敵に斬り掛かった。
斬れない剣だと思っていた三鈷剣の斬撃は、覆い被さっていた像を切り裂き炎に包む。
――火焔斬
頭の中に低く威厳のある声が響く。誰の声だろうと辺りを見回していると像が二体こちらに向かって来る。覆い被さられていた人物を見ると無事解放されたようだが、唖然としてこちらを見ていた。急いで逃げるよう告げながら逃げる時間を稼ぐべく敵に向かって走る。
「火焔斬!」
気を三鈷剣に通してから二体の像へ薙ぎ払いを放つ。すると太刀筋に炎が乗り像たちを包んで消滅させた。対抗出来ることに喜んだが、このまま守りながら戦うには不確定な要素が多すぎる。さっきの人物を見るとまだ動いていない。
どうやら腰が抜けているようで急いで駆け寄り背中を向け、背負うから早く告げた。なんか文句を言い始めたのでそんな場合かと一喝する。少し間を開けてから急かしたところ、大人しく背中に覆い被さってきた。前のめりに倒れないよう立ち上がり一目散に逃げ出す。
この一帯にどれだけたかっていたのか、あちこちから真っ黒な像がこちら目掛けて集まってくる。朝じゃ無ければこの光景だけでも恐ろしくて気を失いそうだ。なんとか前方だけでも確保するべく速度を速め斬り掛かった。
――大火焔
また頭の中に声が響き、鍵が開いたような音がする。
「大火焔!」
試しに声を出してみると、三鈷剣が自然に動き出し剣腹がおでこに付く。剣身が赤く染まり出したのと同時に周囲に炎を現れ徐々に像たちを飲み込んで行った。ジャングルで炎をこんなに巻き散らしたら森林火災が起こってしまうのではないかと危惧したが、炎は像たち以外には一切影響を及ぼしていないようで安心する。
振り返らずに急いで走り沼地近くまで辿り着くとイザナさんたちが待っていてくれた。後ろのはなんだと問われ、また像が出て来たかと思い振り返るも何もいないのでほっと胸をなでおろす。改めて背負っているのはなにかと問われ、恐らく例の悲鳴を上げていた人物ですと答える。
首を横に向けて確認すると白目を剥いて気を失っていた。一旦芝生の上に寝かしましょうかと言ったが、イサミさんが鎧を見てブリッヂス周辺に住む蜥蜴族のようだと教えてくれる。ブリッヂスまで連れて行こうと提案するも、イザナさんやイサミさんだけでなく泥まみれ君たちも押し黙ってしまった。
一旦イザナさんの家に連れて行くことにして、泥まみれ君たちも同行してもらうことになる。荷物とか無いのかきいてみたが、食べ物以外は特にないらしい。ここの沼地は心地いいし汚れてもいないので過ごしやすいし、暇になれば安全な森に出向いて散歩してたと言う。
家に着くと背負っていた人を下ろして布団に寝かせ、イサミさんと買い出しに出掛ける。今回は量が多いので荷車を出しましょうと言われそれを引いて村に向かった。例の魚屋さんで荷車一杯に刺身を仕入れた時、前回も今回も現金一括払いなのを見てどこから収入を得ているのかとても気になる。
何気なく帰り道に聞いてみるもスルーされてしまい答えは得られなかった。すっきりしないまま家にたどり着くと、見慣れない家族連れが一階のテーブルに集まっている。急いで近付き用向きを尋ねた。
するとそれは泥まみれ君一家で、タオルを借りて水で濡らし泥を軽く落としたという。見ると皮の丈夫そうな水着のようなものを付け、肌は薄緑色でところどころに鱗が見える。奥さんは襟足で髪を纏め、泥まみれ君はオールバックだった。
「泥まみれ君はそんな顔してたんだねぇ」
「誰が泥まみれ君だ!」
親し気に話すことがここまで無かったので、勝手に命名したネーミングがつい口から出てしまう。子どもたちにはウケたので良しとしよう。泥まみれ君ことヤクヤ・モリは蜥蜴族との確執を聞いていてこっち側に近付けなかった、こうして御飯まで御馳走して貰えるなら最初から言えばよかったと後悔を口にする。
償いようはある、ひょっとすると上手いこと行けばお前たちの生活が豊かになるかもしれん、と上から降りてきたイザナさんは言う。これまで沼地の橋以降は未開の地域が多く、行き来も難儀していた。もし仮に誰かの手によって交易路の安全が広く確保出来れば、村としてはブリッヂスを出し抜ける。
前に遭ったいざこざなど問題にもならないかもなぁと言って、刺身をひと切れ摘まんで口にいれた。
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