世界樹の切り株
村自体豊なのはわかる。じっくり見たわけではないが、道も柵も建物も綺麗で整備されており案内板には最新の案内のみが張り出されていた。先ほど通りかかった子どもたちも着ている服もぼろくなく痩せこけてもいない。
気になる点が一点だけありそれは兵士の質だ。村の複数個所に兵士が立っている。リベンやシャイネンの兵士たちと比べて笑顔で中には得物も持たず鎧も付けず、警備兼案内係のたすきを掛けてなければ観光客と見間違うほどだった。
怪物討伐を解決したら次の厄介事が待っている気がする。言わないでおくと後から後から頼まれそうなので、自分はリベンに一刻も早く行かなければならない旨を改めて伝えた。するとくどくどと言うなと一蹴されてしまう。
大丈夫なんだろうかと思い不安をぬぐえない。リベンに残した皆もサラティ様も心配してくれているに違いないので戻って安心させたいし、自分も安心したい気持ちがある。だが大きな目標であるこの世界の神、クロウ・フォン・ラファエルを退けるというものが現在のままでは叶わないのも、リオウ・リベリに圧倒された結果からして明らかだ。
視線はテーブルの上に向きどうするか考え始めたタイミングで、目の前に湯気を立てたコーヒーのカップが現れた。置いてくれたイサミさんを見ると微笑んでいる。慰めてくれているのかと思い笑顔を返したが、安心して体が治れば厳しい修行が待ってるからと言われ固まった。
お前まさかただ討伐するだけだと思ったのかとイザナさんに言われ、どういうことですかと問いかける。お借りしている寝室へイサミさんが移動し黒板を引きずって戻ってきた。チョークを手にイザナさんは今後の計画を説明し始める。
三鈷剣を持っていたとしても呪術法衣が無いのではヤスヒサ・ノガミとは比べるべくもない。あの男でなんとか退けられたクロウに対し、リオウ・リベリと渡り合えないお前では話にならないのはわかるなと言われた。
事実なので頷くと話は続く。星詠みをしたところ確かに時間はないので修行も短縮化するために厳しくやる。大丈夫だ死に掛けてもイサミが直してくれるからと笑顔で言うイザナさん。死ななければオールオッケーではない。
肉体が死ぬ前に精神が死ぬ可能性があると意見すると、そんなものは知らんとあっさり切り捨てられた。クロウに殺されるかリオウに殺されるか修行で死ぬかもしれないの三択だと言われ、どれも嫌すぎるが逃れるルートが見当たらないので、かもしれないの修行を選択する。
押し売りというか誘導尋問な気もするが、前二つの選択肢はありえるので仕方ないと諦めた。人が少なくなる深夜になり次第さっきの小屋まで行くから今のうちに寝ておこうと言われ、寝室に移動し布団に入るとあっという間に眠りに就く。
またしても夢も見ずにあっという間に時間になったらしく、豪快にドアを開けられ目が覚める。相変わらず心臓に悪いが起こしてもらっておいて文句も言えない。布団から体を起こそうとするも、地面に引っ張られている感じがして起きづらかった。
死に掛けたからまだまだ全快には程遠いのだろうと考え頑張って布団から出てリビングへ向かう。歩いてみたが眠たさはあっても重さは無い。布団から出たくないという深層心理の仕業なのかもしれないと思い自嘲する。
これまでの人生の中で布団から出たくないと思ったことはない。いつだって居心地が悪く一刻も早く別の場所に行こうとしていた。この世界に来て落ち着ける場所が出来たのは良かったが、今やそれが危機に瀕している。
アリーザさんを取り戻せるかどうか、それが掛かった日まで日数は無いとイザナさんの星詠みは出ていた。いつワルプルギスの夜が起こるのか教えてもらっていない。サラティ様に問いかけた時、言葉を認識していないような感じだったのを覚えている。
なにかの制限が働いている可能性があるなと考え、イサミさんが外にいるのを確認してイザナさんにたずねてみた。少し間があってから振り向き、その言葉を誰彼構わず聞いて回るなと睨みながら言う。
再度前を向いてから時が来れば分かるようになっている、みだりに口にするなと注意される。どうやらかなり危険な言葉のようだ。はい、と小さく答え家を出た。家から村を通り小屋へ辿り着き、さらにその後ろを真っ直ぐ進んだ先に大きな切り株が見えた。
恐らくこれはクロウが切り倒したという世界樹の切り株だろうと思ったら、イサミさんがその通りのものだと説明してくれる。世界樹の切り株に近付くイザナさんの後に続いていく。目の前に到着したイザナさんは左手で切り株に触れた。しばらく待っていると切り株が薄い緑色の光を放つ。
なにが起こるのか身構えていたが、何事もなく光は消えイザナさんも手を離している。そして用は済んだから帰るぞと言われ、イサミさんと共にきょとんとしながら家路につく。もう一度布団に入りまたしても乱暴にドアを開けられ目を覚ます。
挨拶をした後でイザナさんから体調はどうかとたずねられ、体を動かしてみると重さがまったくなくなっていた。久し振りに快適な朝を迎えた気がする。一体どんな魔法を使ったのか、と思った時に昨夜の世界樹の切り株を思い出した。
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