影を作る者
これなら話しやすいだろうと促した途端に兵士は立ち上がり、壁に背を付け確実に見えないよう家の凸凹に挟まった。あのチョビ髭を余程恐れているのだろう。早速竜騎士団とチョビ髭の権力関係や町に着いて教えてもらおうかと言うと素早く頷いた。
サラティ様が絶対なのは間違いないが、彼女の目が全て行き届く訳ではない。以前はそれを師匠が補っていたものの、シャイネン領の情勢が不安を帯びてきたために派遣せざるを得なくなった。結果として徐々に死角が生まれ、ヤスヒサ・ノガミ時代の旧臣の子孫などの中からも自己の利益を優先する者たちが台頭してくる。
サラティ様と師匠以外のノガミ一族もいるが周辺の町などの統治に派遣されているため、一族が一堂にに会するのは年末年始とヤスヒサ・ノガミの命日だけだという。さらに間の悪いことに恐竜の襲撃や各地で出没する謎の敵の討伐に追われ、チョビ髭のような貴族や戦闘力の低いものたちはリベンに残りそれ以外は討伐に出ているようだ。
治安維持部隊は竜騎士団に代わり、リベンの治安を守るために奮闘している。だが恵まれていない者が多く、貴族に金銭をちらつかされて仕事を請け負っているうちにいつのまにか一味になっていた。それが襲撃してきた兵士たちだと語る。
襲撃の件がバレれば兵士は処分されるがチョビ髭はなんのお咎めも無い。近くで見て来たので間違いなく今回も自分たちだけがクビになる。泣きながらそう語る兵士を見るとまだ若い。クビになったらどうするのか聞くとこの町の貧困地区へ引っ越すしかないという。
貧困街はそうした者たちのたまり場で、チョビ髭たちはそういう人間たちも雇ったりしているようだ。中には治安維持部隊崩れも多いらしい。なにやらきな臭い感じになってきたな。不可侵領域に行かなければならないとはいえ、このまま見捨てるのも寝覚めが悪い。
冒険者ギルドに連行すればチョビ髭はのうのうと逃げのび下っ端だけが切り捨てられてしまう。ギルド以外にどこに頼るか考えた時、サラティ様が頭に浮かぶ。正直言ってこの手だけはなるべく使いたくはなかった。
だがシャイネンとは事情が違いチョビ髭の動きはサラティ様のためにはならないし、ひいては師匠のなにも傷が付く可能性がある。なんとかそれだけは避けなければならないと思い覚悟を決めた。
兵士に対しお前たちのクビを回避してやったら協力するか? という提案に対し、協力したいがチョビ髭がと言う。あまり言いたくはないがと前置きした上で自分はゲンシ・ノガミ様の直弟子でサラティ様とも面識があると告げる。
するとあっという間に顔を真っ青にしてまた土下座をする。土下座とか良いから返事は? との問いにもちろん協力しますのでお許しをと叫ぶ。今回だけは許すから一緒に城へ来いと言うと喜んでと叫びすぐに立ち上がって敬礼した。
まさかこんな直ぐに城へ戻ることになるとは思わなかったな。ハルバードを持っていた兵士ことチリウ隊員を連れて路地を出て、転がっていた兵士の前でどうするか考えていたらクニウスが起き上がってくる。
さっきまで話していた内容をクニウスに伝えたところ、こっちは俺が警護しておくから行ってくるといいと言ってくれたので後を頼み城へ向かう。城へ着くと門兵にゲンシ・ノガミ様の直弟子であることを告げ、サラティ様へ取り次ぎを頼んだ。
シャイネンの時と違い予め名乗ったのとさっきまで面会していたのもあり、あっさりと取り次ぎに動いてくれた。チリウ隊員はそれを見てやっと嘘ではないと納得してくれる。時間も掛からず面会は実現し案内され移動を始めた。
途中でチョビ髭を見掛け、あっちもこちらに気付いたようで慌ててこちらに近付き肩を掴んできた。どうするか考えていたら白いプレートアーマーが間に割って入る。チョビ髭はなんと白いプレートアーマーに殴りかかった。
退けて殴ろうとしたが動かず、拳は白いプレートアーマーに直撃するかと思われたが、寸でのところで止まる。チョビ髭にも理性があるのかと思いきや顔は力んで血管が浮き出ていた。見えないなにかがチョビ髭の拳を阻んでいるようだ。
いい加減邪魔くさいので放り投げようと前へ出ようとした時、チョビ髭の背後から白髪オールバックで無精髭を生やした人物が現れる。新手かと思い身構えていたところでチョビ髭の肩をぽんぽんと叩き、上の者のすることではないので止めよと言った。
今度はそっちに殴り掛かるかと思いきや、チョビ髭は睨んだままだったが拳を収め踵を返し去っていく。白いプレートアーマーが退くと白髪の人物の全身が露になる。装飾の凝った金色の鎧を着ており、ただの騎士ではないなと思った。
金色の鎧なんてどこにいても目立つし維持にお金が掛かる。富裕層と言うだけでなく腕に覚えがある人物だろう。
「はねっ返りが迷惑をかけたな。怪我は無いか?」
はねっ返りどころじゃないが、この人物が仲裁に入ったからと言ってこちらの味方とは限らない。大丈夫ですと笑顔で答えてから一礼し、脇にいた白いプレートアーマーの兵士に視線を向ける。敬礼した後で兵士は前へ進みそれに続いて歩き出した。
なにか言ってくるかと思ったがそれもなく気で挑発するわけでもなければ追ってもこず、妨害もなくサラティ様の部屋までたどり着く。素早く先程あった件を説明し憂慮する旨も同時に伝えたがサラティ様は一瞬間があってから小さく溜息を吐く。
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