凶暴化した巨大リス討伐
元気が無いベアトリスを気にしてくれたマリアナさんたちが、元気を出して欲しいとカラフルなサンドイッチを用意してくれる。
マリアナさんたちの気遣いに感激し、泣きながらベアトリスは抱き着きお礼を言う。へこんだりよろこんだりないたりと、もうすっかり年齢相応の表情になって来たなと感じ、感慨深くなりもらい泣きしそうになった。
ありがたいことにご相伴に与ることができ、美味しい朝食を頂いてからギルドへおもむき、今日の仕事を探すことにする。
「皆さんおはようございます!」
ギルドに着くと大きな声で挨拶しながら中へ入り、受付を見ると並んでおらずミレーユさんがいたので近付き挨拶し、依頼書を見せて欲しいと頼む。
カウンターの下から出されどうぞと言って渡されたのは、モンスター退治系の依頼書の束のみだった。
前回暴れ牛の依頼を解決したので行けるとは思うが、ベアトリスが落ち込んでいたこともあり、一呼吸置きたいと考え荷受け場系の依頼書も見たいと頼む。
こちらの要求に対しミレーユさんは、申し訳なさそうに今はそちらを受けて欲しいという。無茶な要求をした訳ではないので、ひょっとしてなにか不味いことをしてしまったのだろうか、と思いたずねてみる。
彼女は直ぐになにも不味いことはしていないわと言ってくれた。まだまだ新参者だし知らずに失礼なことをしても可笑しくはない。何も問題無いなら何よりだと思いつつ、ではなぜ見せてもらえないのだろうかとベアトリスと二人困惑する。
少し間があった後で言い辛いのだけどと前置きしてから、実はモンスターが徐々に増えてきて困っており、出来ればそちらを優先して受けて欲しいとお願いされる。
防具屋の親父さんから聞いていたが、まさか駆け出しの自分たちにも声が掛かるとは、よっぽど人材が不足しているのだなと思った。
「今まではジンは鎧も盾も無かったから、なるべく安全な仕事だけを見せていたの。ようやく鎧も皮だけど購入し、何より盾が凄いから回さない訳にはいかないわ」
暴れ牛と戦っても凹んだり削れたりもおらず、さすが親父さんが一万ゴールドと値付けした盾である。こんな良い盾を支給していた不死鳥騎士団というのは、凄い騎士団だったんだろう。
装備を褒められたとはいえ、ベアトリスの気持ちを優先したいのでたずねてみたところ、皆が困っているなら受けようよと元気よく答えてくれた。
いざとなればこの凄い盾で守るから後ろに来なさい、と胸を叩いておどけてみせる。彼女はこちらにあわせ手を組み目を輝かせ、あなた頼もしいわと乗ってくれた。
顔を見合い笑いながら依頼書を抱えラウンジに移動する。コーヒーを購入し空いてるテーブルへ着くと、ブロンズ初級モンスター退治二人用依頼書と書かれた束を捲り、二人で眺める。
元気になってはいるだろうがまだまだ始めたばかりだ。重たそうな依頼をこなすよりは、簡単なのを受けて戦いに慣れた方が良いだろう。
なるべく簡単なのは無いかと見ながら捲っていたところ、凶暴化した巨大リスの討伐というのが目に入った。凶暴化しているとはいえリスの一種だろうし、巨大といっても暴れ牛よりはマシなはずだ、そう考えベアトリスに受けようと提案すると了承してくれる。
受付に言って依頼を受ける旨を伝え、許可が下りるといつも通り依頼書を渡され現地に向かった。場所はここから少し離れた、村と町の中間くらいの場所にある木材加工所のようだ。
「おう! よく来てくれたな!」
さわやか系マッチョが歯を輝かせながら手を上げて迎えてくれる。逆立った頭髪に彫りの深い顔、素肌にベストとスラックスに靴は頑強そうなブーツを履いていた。
「この加工所を仕切ってるバロウってんだ! 宜しくな!」
握手を交わしたがとても力強く、この人が倒した方が早いんじゃないかという気がしたが、余計なことは言わないでおこう。
「いやぁ森に生かされてる民としてはさ、リスを倒すってのはどうしても出来なくてな。他のだったらぶっ倒しても良いんだが」
こちらの考えを見透かしたのか事情を説明してくれる。木を切るにも一帯を切り倒すのではなく、間隔を開けて切り更に木の苗を植えて行くそうだ。
なるべくそこに住む動物の場所を奪わないよう、考えながら木材を活用しているらしい。
「まぁ自然を破壊してるに違いないから偽善だけどな! それでも俺たちは木材が無きゃ生きて行けないし、自然が牙を剥いてきたら敵わない。なもんで頂いた分元に戻るようにしますんで、事故が起きませんようにって願掛けっていうか、神頼み的な!?」
そう言って豪快にバロウさんは笑う。奪う側の偽善でもやらないよりマシだと思うと伝えると大きく頷き、仕事を依頼したのもその偽善の一環だと言いながら、凶暴化した巨大リスが出る場所へ案内してくれた。
こちらからすると特別変わった森の中ではないように見えるが、バロウさん曰くここを気に入って毎日通ると教えてくれる。何かあったら建物の方に来てくれと告げバロウさんは去って行った。
「特に変な感じはしないね」
「今のところは普通の森だな。鬼が出るか蛇が出るか。ベアトリス、巨大リスが来たらとにかく前歯に気を付けろ」
「ジンは見覚えあるの?」
「いや勘だ!」
躓いて転んだベアトリスに驚き、慌てて駆け寄り助け起こすもなぜか腹パンを喰らう。
「ったく偶にしょうもないよねジンて」
「そうか? 俺の野性の勘は当たると評判なのに」
「何処で?」
「……さぁ」
とぼけるとベアトリスは腕を上げて近付いて来たので、距離を取りながらぐるぐる回る。しばらく暇つぶしに追いかけっこをしていた時、少し離れた場所からガサッという音が聞こえてきた。
彼女も気付いたようだが、こちらが口に人差し指を当てたのを見て頷き、気付かぬフリをしてそのまま続けていたら何かが飛び出して来た。
素早く右手で盾を下ろしながら、左腕でベアトリスの腕を掴んで引き後ろへ移動させる。どうやら体当たりを仕掛けて来たようで、ガン! と言う衝突音と同時に盾に衝撃が走った。あまりの強さに驚きながらも、すぐさま盾で押してから振り払い距離を取らせる。
「凶暴化した巨大リスってのが出たみたいだね」
目の前には目を真っ赤に染めたゴブリンくらいの背丈のリスがおり、こちらを睨みながら威嚇していた。何かがあって怒っているという感じじゃなく、凶暴化させられている気がする。
瞳孔が全く見えないし、目そのものが真っ赤な球に入れ替えられたように見えるから、余計そう思えたのかもしれない。
「キュイーー!」
甲高い雄叫びを上げながら地面を蹴って再度突っ込んで来た。不死鳥騎士団の盾を前に突き出し、前傾姿勢気味になって再度防ぐ。衝撃が伝わるもなんとか痺れも無く踏ん張ることに成功した。
「ギャィ!」
だが相手も二度も同じ手は食わないとばかりに下へ潜り込んでくる。このままだと顎を狙われへたをすると立ち上がれなくなるぞ、と考え何とか直撃を避けるべく脇を締めながら肘を引く。
「えい!」
万事休すかと思った瞬間、巨大リスの体が横へ飛んで行き事なきを得た。どうやらベアトリスがタイミングを計って蹴りを入れてくれたようだ。こういうことがあるから一人より二人なんだよなと思わずにはいられない。
「サンキューベアトリス!」
「やった!」
彼女に対して感謝の言葉を告げると力こぶを作り喜んでいる。際どいタイミングにも拘らず、こちらの動きを読んで蹴りを入れてカットしてくれた。咄嗟の動きだろうけどとても良い反応をしており、ベアトリスの優秀さを感じる。
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