町の陰、村の陰
「お前がそれを装備しているのは皆知っているからなぁ」
どうやら最近色々お騒がせしている関係で、色々な人に隅々まで見られ警戒されているらしい。立派な篭手に関しても話題になっていたようだが、町長やミレーユさんの耳にも入り二人が説明してくれたという。
ギルドにも経緯が記録され装備品として記録されているようだ。装備品などは行方不明になった際の本人確認のために、ギルドで記録しており親父さんにも問い合わせが来るらしい。こちらが所持している盾の持ち主を発見した際も、その記録が役に立ったと親父さんは言う。
盗まれた場合盗難届を出せばそれが直ちにギルド間で回り、冒険者ギルドがある町では捜索が行われるようだ。懸賞金はギルドに納めている保険から出るらしく、高価な物ほどあっさり見つかるらしい。
「冒険者ギルドなんてそこら中にある。敵に回しちゃいけない存在だということは、悪い奴ほどわかっているだろう。お前さんは安心して装備してるといい」
親父さんに言われて少しホッとした。しっかりした体制に感謝しつつ、その体制を維持するためにも仕事を頑張ろうと気合を入れる。ギルドや国に貢献する仕事となると、やはりモンスターたちを相手にする危険な依頼だろう。
装備は少しずつグレードアップしているがまだまだ心許ない。暴れ牛の依頼を終えた後では、万が一に備えもっと防御を上げた方が良いと痛感している。
革袋の中を覗いてから店にある兜を見たが、今買えそうなのは銅の兜だ。一瞬買おうかと思ったものの、モンスター討伐をこなし稼いでいければ鉄の兜も視野に入るし、ここは我慢した方が良いような気がしてきた。
「ジン、鉄の兜で軽くて丈夫なの、あるよ?」
マリノさんが音も無く近付いて来て耳打ちしてくる。視線を向けるとそのまま手を引かれお店の右奥に移動した。少しして足を止め彼女が指をさした方を見たところ、さっきよりも多くの兜が飾られているコーナーが現れる。
フルフェイス型で目の周りが開閉する兜や、正面の目と鼻そして首元が開いている兜と色々あって驚いた。形によって値段が変わるようで、前に親父さんが言っていた五百ゴールドの鉄の兜は、正面の目と鼻そして首元が開いている兜だ。
「これが私のおススメ! 軽いしー強度もあるしー」
どうやらマリノさん的にもそれがおすすめらしい。見た感じ良いものっぽいけど、これまでの経緯からして在庫処分したい商品じゃないのか、と疑いマリノさんをジッと見る。
彼女はこちらの視線を感じ急に空笑いをしながら目を逸らした。またなにか曰く付きの物なのかと思い顔を覗き込むもさらに逸らす。お店で悪いことをした訳でも無いのに、ここに来ると曰く付きとか売る代わりにとか、不穏な話をされることが多い気がする。
このお店自体人の出入りが少ない訳では無いのだから、たまには他の人にやって欲しいもんだと顔を見ながら思った。
「ああそれか、お前が仕入れて来たやつ」
「そ、そうだよ! ジンが急に見つめて来るもんだからさ! 全然説明出来ないの!」
「何だと!? 貴様ぁ……娘に色目使いやがったな!?」
ゆっくりと親父さんが近付いて来て説明してくれる。こちらの思い過ごしと知り反省して謝ろうとしたところ、なぜか色目を使ったことにされた。最早意味が分からない。
なにか裏があるのではと疑い見ただけで、色目とは正反対だと説明したかったが、そんな暇もなく襟首を掴まれ入口まで連れて行かれ蹴り出された。
「おととい来やがれ!」
凄い言われようである。弁解したいところだが今は何を言っても通じないだろうし、明後日くらいにまた来ようと考え宿に戻ることにした。歩きながら兜のコーナーを振り返り、バイザーを下ろせば目もガードできるフルフェイスの兜が、真っ先に思い浮かんだ。
防御を考えれば一択だがマリノさんが仕入れた顔が丸見えの兜も、実はフルフェイスより少し安くて捨てがたい。どうしたものかと考えながら歩いていた時に誰かがぶつかって来た。
ぶつかり際にこちらのスラックスの左ポケットに手を伸ばしてくる。どうやらわざとぶつかり金銭を取ろうとしているな、と思い
「そこに財布は無いが」
「ちぃっ!」
去ろうとした相手に対し指摘すると舌打ちをした。こちらを向いて立ち止まったので見たところ、布のシャツとスカートが汚れたポニーテールの子で、年はベアトリスやマリノさんと変わらない気がする。
二人と変わらない年齢なのにスリをした理由を知りたくて、去ろうとした彼女の腕を掴む。なにかに巻き込まれて生活が困窮したとかかと思い、事と次第によっては協力すると申し出るも、人さらいだと叫ばれてしまった。
さっきもそうだが思いもよらない罪状を言われげんなりしつつ、財布を取ろうとした理由を知りたくて腕を掴んだと周囲に弁明する。周りを見ると誰も気に留めずそのまま通り過ぎて行った。
腕を掴んでいる子はもがいているが、誰も気に留めない理由が気になったので、そのまま甘味処まで強引に連れて行く。いつものメニューを頼みつつ外の席に座らせると、敵わないと理解したのかやっと大人しくなる。
腕を掴まれても諦めず抵抗した彼女を見て、前の世界で住んでいた園でもそういう子が居たなと懐かしくなり、理由を聞くためだけでなくそのガッツに敬意を表し奢りたくなった。
「なぁ、これ美味しいよ? 食べない?」
「い、要らない!」
注文が到着すると甘味を凝視していたので食べるよう促すも、よだれを拭い首を世に振る。スプーンでクリームをすくい口に近付けるも拒否したが、目は思い切り見ていた。しょうがないなぁと思いつつ食べれば解放してあげると提案すると、こちらとスプーンを交互に見る。
嘘を付いても得は無いと告げ手を離してみたところ、観念したのか恐る恐るスプーンを手に取り口に含んだ。ゆっくりと噛んで味わってから飲み込むのを繰り返し、涙がぽろぽろ流れるのを見て理由を聞くのを止めた。
最後までそのペースで食べきり、ごちそうさまもせずゆっくりと立ち上がる。御礼を言う感じではないと察し視線を外さずにいると
「読んでるぞ」
「ば、バーカ! 覚えてろよ!」
頭を殴ろうとして来たので避けたところ、そう捨て台詞を履いて距離を取り去って行った。この世界は元の世界よりも文明も文化も進んではいない。
親のいない子どもを保護することも、他人の人権を守ることも皆平等であろうとすることも二の次だろう。なにしろモンスターが闊歩し冒険者が居るくらいだから、普通に人生を送ることも厳しいのだと思っている。
なんとかしたいとは思うが、駆け出し冒険者の自分では全ての人を救えはしない。募金みたいなものがあれば、余裕がある時したいなと思った。店員さんにお騒がせして申し訳ないと謝罪して甘味処を後にする。
宿に到着するとベアトリスが夕食を食べずに待ってくれており、今日あったことを喋りながら食事をした。
「ベアトリス、先に部屋に帰っていてくれ。ジョルジさんと少し話して俺も自分の部屋に戻るから」
食べ終えた後で部屋に戻ろうとカウンターの前に来た時、ジョルジさんから少し良いですかと呼び止められる。
なにか困りごとなら相談に乗りたいと思い、ベアトリスに先に行くよう促す。彼女が部屋に戻り切ったところで、ジョルジさんから外に見慣れない客が来ていると言われた。
要件を聞いても本人にだけ答えると言うし名前も名乗らない。こちらに一人で来るよう、ベアトリスを連れて来ない様にとも言っていたようだ。
ギルドに応援を依頼しますかと聞かれるも、ベアトリスの事を知っているのが気になり会ってみますと告げ外に出てみる。
「よく来たな、ジン・サガラ」
周りを見ても宿前には誰も居らず、宿からギルド方面へ少し移動したところで、路地から声を掛けられた。
視線を向けると黒いローブを身に纏い、フードを被っているだけでなく白い仮面をつけており、人相など誰かと判別できそうな部分は見えない。
なんとなくだが以前宿の廊下ですれ違った人のように思え、そのことを尋ねるも知らんと言われてしまう。
「用件のみ伝える。今後手紙はあの受付の爺さんに渡せ。間違ってもギルド経由で出すな」
手紙とはアリーザさんとやり取りしているものであり、それを知っているのは彼女と自分以外居ないはずだ。
……いや違うか。手紙を届けてくれている誰かが居る。自警団では絶対にないし村人と言うのも考え辛い。
知らない第三者が手伝ってくれている、それが目の前の人なのだろうかと思い直接聞くと小さく頷いた。
ただの想像でしかないが預かっている盾を自警団は知っていて、それをこちらが持っておりアリーザさんの名前を連呼したことから、継続的な繋がりを疑われたのではないだろうか。
結果届け物の検閲が始まったので、先ほどの人物が警告に来たのかもしれない。手紙のやり取りが続くのは嬉しいけれど、それによって彼女の身が危険になるくらいなら、止めた方が良い気がしている。
「やり取りを止める必要はない。自警団の連中は自分たちがやっていることが後ろめたい故に、疑心暗鬼に陥っているだけだ」
「自警団の連中がやっていること?」
「……何れ明らかになる。そんなことよりアリーザの心の支えはお前の手紙のみだ。精々甘い言葉を書き連ねてやると良い」
そう言って相手は背を向け去って行った。色々な事情が彼女を取り巻いており、今はまだ波は低いがやがてそれが津波になるような気がする。
今の自分は駆けだし冒険者であり、権力も資産も無く彼女を助けることなどできない。先ほどの言葉を信じるなら、何れ自警団たちがやっていることが明らかになる、その時に少しでも力に慣れるよう強くなろう。
夜空の星を見ながら決意をし、宿に戻りその日は就寝した。
翌朝ベアトリスを起こし昨日の報酬の半分を渡したが、なんと要らないと言う。何故かと尋ねたところ自分は何もしていないからと答える。
テーブルの上に報酬の半分を置きながら聞いて少し笑ってしまい、気落ちしていた彼女に咎められてしまった。
「いや、俺一人じゃ見つけられなかったんだからさ」
「一人で倒したじゃん」
「確かにそうだが何て言うのかな。一人でいるよりも誰かと一緒の方が頑張れるっていうか、頑張れたっていうかそんな感じ? だから遠慮せずに受け取ってくれよ。まだお兄さんも見つかっていないし、これからも二人で頑張っていきたい。最初から上手く行くなんてないだろ? 俺だって最初は失敗続きだったし自警団追い出されたし」
自警団を追い出されたことを思い出し、今度はこちらが少ししょんぼりしてしまう。後から入って仕事をするのは難しい。先輩としてこの子をサポートし、何とか気負わずやれるようにしてあげたいと思った。
ならば落ち込んでいる場合じゃないと気持ちを立て直し、強引になったとしても受け取ってもらおうとするも、その間にベアトリスは置いてあった報酬の半分を受け取ってくれた。
「さぁ朝食を食べて今日も一日頑張ろう!」
「……うん」
陰気な雰囲気を吹き飛ばすべく、声を張って気合を入れて見せると、彼女はやっと笑顔を見せてくれる。早くお兄さんが見つかると良いなと思いながら、頑張って稼いで早く捜索願を出そうと考えつつ朝食を取った。
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