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異世界営生物語~サラリーマンおじさんは冒険者おじさんになりました~  作者: 田島久護
第四章 光を探して

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先生と転生と

はっとなり目を開くとそこは薄暗い森の中だった。蛍だと思われる小さな光が無数にあたりを漂っているので真っ暗ではないが、先の方はまったく見えない。ブラックアウトしたはずなのにと思いながら前に向かって歩いて行く。


左右から次々に木の陰から手が現れ行く先を指し示す。誰が呼んでいるのかわからないが、少なくとも悪い気は感じない。


――もう助からないでしょう、よくて植物状態です


――お金がないならそれも難しいでしょう


 どこからか声が聞こえてくる。声の主をすぐに探さないといけないと感じ、焦りながらさらに奥へと進んで行く。


――手段がないことはありません


――ですがこれは代償が大きく


 嫌な予感がしてよろけながらも強引に前へと進み続けた。雑草を掻き分けていると焦っていたせいか石につまづき転がり出す。


――了承されたならサインを


――もう時間はありません


――警察が来る前に


 聞こえる声を振り払うように勢いを付けて転がっていると何かにぶつかる。脳震盪のような状態になりながら立ち上がり、見るといつの間にか懐かしいが見たくない場所に立っていた。


「おはよう」

天使(あまつか)先生……」


 背後から声を掛けられ驚き振り向いたところに居たのは意外な人物だった。どこか日本人離れした顔立ちと背丈の天使(あまつか)先生。もう園を出てかなりの時が経つのにあの時と変わらない姿でそこにいる。状況からこれは自分の記憶から見ている夢なのだろうと思った。


恐らく自分は助からないだろうあの村の崖に会ったトラックに轢かれたのだろう、という予想から生み出された恐怖から来る声だったに違いない。納得し夢の中で思い出の中から生成されたかつての恩師と会話を試みる。


「お元気でしたか?」

「元気ですね君の思い出の中では」


 思い出から生成されたはずなのに予想とは違う答えが返ってきた。先生だったら答えた後こちらの具合をたずねてくる。これは幻かクロウ・フォン・ラファエルの術かなにかなのかもしれない。


「先生、俺はここを抜け出して元に戻りたいんですが」

「元とはどこですか?」


 本格的に疑った方が良さそうだ。先生らしさが微塵も感じられない。いつも笑顔で子どもたちを見守っていた先生の見た目だけ取り繕っているだけだと俺にはわかる。ろくでもない奴だとは思ったがここまでするとは。


「申し訳ないですがまた会いましょう」

「ええ」


 素っ気無い返事だが気にしてもしょうがない。教室から出るとトレースしたような園の廊下が現れた。他人の見たくもない記憶を見せる術があってもおかしくはない。大体この先は予想できる。あの頃の辛い記憶を呼び覚ますような景色が続くんだろうな、と。


出口へ向かい歩く途中にある教室では、予想通り嫌な思い出が再現されていた。共同生活を送る者たちに新入りだとして袋叩きにされたり、食事を横取りされたり寝ようとしても邪魔されて目を覚ましたあの頃の思い出が次々と脇で開演されている。


やがて隙を見ては隠れて寝る術や短時間睡眠を習得し身を護る術に長けていく。歴史の授業を受けた時に原始時代の話を聞いたが、自分はその頃と変わらないなと思ったのを思い出す。敵から身を護るために心休まる日が無い日々。寿命も今より短いと聞いていたが、自分もそうだろうと思ってた。


「おかえりなさい」


 園の下駄箱を通り扉を開けて出るとさっきいた教室に出る。天使(あまつか)先生が微笑みながらこちらを見ていた。気付けばいつもの背広ではない。世界に会わせたのか緑のローブを着て木の杖を持ちサンダルを履いている。


「一体何が目的ですか?」

「もう聞いたと思いますが、そろそろ君に有利な時間は終わりです」


 有利? ここまで生き残れたりとそういう幸運は全て誰かによって仕組まれた物だったとでもいうのか? 確かに生まれてからずっと不運続きだが誰かに仕組んでもらえなければ生き残れないほどだったとは思いたくない。


「夢とは言え酷過ぎるな……俺に言いたいことがあるなら先生の姿を借りず自分の口で言ったらどうだ? 出て来いクロウ・フォン・ラファエル!」

「やはりあったのか祖父に」


 祖父? 何を言ってるんだ? いくら先生の母親が外国人とはいえクロウの孫は出来過ぎだろう。第一先生は黒髪でクロウは金髪だ。冗談にしてもたちが悪い。


「いい加減先生の姿を借りて不愉快なことを言い続けるなら」

「殴りたいなら殴ってくれていい。私がしたことは正しいとは言えない。自分の面倒を見た子が轢かれ気が動転していたとは言え命を玩んだに等しい」


 先生はそこから語り始める。自分が勤務している病院に教え子が運び込まれ、衝撃を受け混乱状態に陥る。なんとかして助けなければ、と混乱する頭を振り冷静さを取り戻すと全力で手術を行ったが意識を回復させられなかった。


自分の技術と能力に憤りを感じているとそこに加害者として警察官に連れられ男が現れる。先生とも旧知だった警察官からその男が被害者を捨てた父親だったと聞き怒りを爆発させ殴りつけたという。


結局先生は暴行が原因で病院を退職させられてしまった。なんとか出来ないかと先生を育て園の運営も手伝っていた母の遺品をあさっていると、見慣れない鍵を見つける。どこのものかと調べた結果、所有していた土地の一つに蔵があり、そこだと判明した。


開けるとそこには現代科学と医学とは相容れない、先生にとっては非現実的な書物の数々が現れる。これまでであれば鼻で笑って終わりだが、藁にも縋る思いで読み始めた。そして先生は魂だけを別の場所に移す方法を見つける。


 病院を退職させられたとはいえ先生を慕う人たちは多く、連絡を取り合っているうちに世間話の中でまた加害者が病室を訪れるという話を聞いた。チャンスだと見た先生は教え子が眠るベッドをはさんで加害者と対話する。


命を代償とすれば彼を別の世界で生かせると告げると男は戸惑った。わからなくもないが先生は捨てた上に殺したことに罪の意識が無いのかと詰め寄ると、別に息子がいるからと言い出す。怒りの感情を押し殺しながら先生は言う。


このまま行けば植物状態で医療費を亡くなるまで払い続ける。だが命と引き換えに彼を送ればそれは免れる、と。


「君がここに来たのは祖父が作った世界を知り、母が万が一にと残した方法によって私が送ったからです」

「先生……」


「孤児院を始めたのは私の母でした。恐らく母は祖父が犯した罪に対する贖罪の気持ちから始めたんだと思います。私は医者をしながらの運営でしたから満足に貢献できなかったし、あなたたちの心の傷をいやすことは出来なかった」

「先生たちの施設がなきゃ身寄りもない自分は死んでいました。この年まで生きられたことに感謝しています。ですがまさかそんな危険を冒してくれていたとは思いませんでしたよ」


「なんとか少しでも幸せな時間を過ごせたらという私の勝手な思い、そして子どもを捨てた大人に対する報いをと思っただけです。ですが未熟故そろそろそれも終わってしまう。終われば後はあなた次第。もしかしたら元の世界と同じくらい不幸な目に遭ってしまうかもしれません」


 先生はそう言うと辛そうな顔をしてうつむく。こんな顔をする先生を見るのは初めてだ。


「先生、これまでありがとうございました。どうかこれからは先生の人生を生きて下さい。そして出来れば結婚して幸せな家庭を奥さんと協力して作ってください。俺には結局出来ませんでしたから」


 笑顔でそう告げ手を差し出す。先生はじっと手を見た後、小さく笑ってから手を握った。これが今生の別れだろう。色々話したいところだが、きりがない。


「仁、また祖父に会うことがあったら私のことを話しなさい。そうすれば必ず大きな隙が生まれますから」

「そうなんですか?」


「ええ、あの人は私の父のことがあって可笑しくなってしまったと母から聞いています。どうか仁、これから」


――ジン!


「おわぁ!?」


 耳元で大きな声がして驚き飛び起きる。するとそこは見慣れた宿の部屋だった。先生との最後の会話すら満足にさせて貰えないとか、自分の不幸は転生しても変わらないのだろうか。



読んで下さって有難うございます。宜しければ感想や評価を頂ければ嬉しいです。

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