暴れ牛討伐!
「たしかにミレーユさんの言う通り、ジンには無理そうだね。スライムの核を潰すのに拳で殴り掛かったら溶かされそう」
想像したスライムはプルプルしててぼよんと跳ねるタイプだったが、この世界のスライムはべちゃっとして地を這い溶解液を吐いてくる、可愛くないタイプらしい。
冒険者として実戦をこなしていくのなら、奥様から頂いた篭手以外の鋭利な武器を何か手に入れないと、今後困ることになりそうだ。ミレーユさんにお礼を言って一度受付を離れ、再度依頼を選び直すことにする。
「これなんか良いんじゃない?」
ベアトリスが頁を捲っていると一つの依頼を指さした。見ると暴れている野生の牛を退治して欲しいというもので、報酬は何と七十ゴールドといつもの仕事の五倍近くの報酬だ。
値段が高いと言うことは危険度が高いに違いない。受けるならこれまで以上に気を引き締めて行こう、と提案した彼女にも伝えた。ベアトリスはこちらの言葉を受けて、まだまだ先は長いんだから怪我をしないように頑張ろう、そう言ってと拳を突き上げる。
自分も彼女にならって気合を入れて拳を突き上げ、依頼を受けるべくカウンターへ向かう。ミレーユさんに受ける内容を伝えたところ、二人なら大丈夫よと激励してくれたので感謝をし、出された依頼書を受け取った。
早速ギルドを出て依頼書に書かれた町の東にある畜産農場へと向う。どうやら町から少し離れた場所にあるようで、道中モンスターや盗賊が出ないか心配しながら歩くも、特に何事もなく農場へ到着する。
ヨシズミ国畜産農場と書かれた看板の付いた門をくぐり、中へ進んで行くと麦わら帽子を被り赤シャツにオーバーオールの、ぽっちゃりとしたおじさんがいた。こんにちはと元気よく挨拶し、こういうものですがと冒険者証を提示する。
おじさんはそれを見て有難いと声を上げ喜んでくれた。以前から野生の牛が来ることはあったものの、今回のは柵を壊し餌を食い散らかし種付けしようとするらしく、ほとほと困り果てているという。
警戒心が強く人が居ないのを確認してから来るようで、出来れば柵の外を隠れながら移動し様子を見て欲しいと言われる。
わかりましたその通りにと返事をし、一礼するとおじさんから笛を渡された。暴れ牛が出たらこれを吹いて教えて欲しいと言われ、頷きながら受け取る。
ベアトリスと話し合った結果、柵の外を彼女は時計回りこちらは反時計回り移動し、目標を探すことにした。おじさんの言うように警戒心が強いようで二周しても現れず、今日は駄目かと思いながら三周目に入ろうとしたところで
「こ、こっちだぁ!」
入口の方からオジサンたちの声が聞こえてくる。急いで移動しながら見ると暴れ牛が柵を壊して入ろうとしていた。背中の盾を下ろして前に構えながら、暴れ牛に向かって突撃する。
こちらを一瞬見た後で目を逸らしたが、再度見ると鼻息荒く突進してきた。何が起きたのかと思いながら横へ飛び退き避けたものの、Uターンしてまた襲い掛かって来る。
前にテレビで闘牛士特集をやっていたのをふと思い出し、盾の赤い鳥の紋章に反応しているのではないかと気付く。盾を前に突き出しながらギリギリまでひきつけ避けた。暴れ牛もスタミナが無限ではないので、しばらく避け続けていると次第に突撃の速度が鈍り始める。
鈍り始めはしてもまだ死んだ目はしていないと思い、間合いを詰めて盾を揺らして挑発した。足で地面を掻いてから突撃して来たが最初の頃より遅く、避けた後で追いかけこちらを向いたところに盾で殴り掛かる。
「おぉ!」
「兄ちゃんやるな! 頑張れ!」
畜産農場の皆さんが観客のように声援を送ってくれた。依頼主に喜んでもらえるのは有難いことだなと思いつつ攻撃し続ける。かなり頑丈ではあったが体力も尽きダメージも蓄積していき、暴れ牛は自分の不利を悟ったのか、ゆっくり距離を取り逃げようとする動きを見せた。
「残念」
疲れ切った今なら自分の速さでも詰められると信じ、盾を構えながら距離を詰める。目と鼻の先まできたところで、暴れ牛は最後の抵抗とばかりに突っ込んできた。横に飛んで避けた時に腹に隙が出来たのを見て、盾を放り投げ体を寄せつつ手を腹に当て、持ち上げようと試みる。
この世界での自分の優れた点であるパワーのお陰で、なんとか持ち上げることに成功しそのまま斜め前へ放り投げた。暴れ牛は空を少し舞った後で地面に落ちたものの、息を荒くしながら立ち上がろうとする。
しばらく見守っていたがやはり無理らしく、頭を横にして休む態勢をとった。畜産農場の人たちはそれを見てゆっくり近づき、足を縄で縛り荷車を引いて来てそれに乗せ、暴れ牛を牛舎へ運んだ。どうやらかなり丈夫なやつらしく、少し傷めた程度で怪我はないらしいと言われ驚く。
今後拘束はしつつも飼えるようなら飼うと言われ、処分すると言われるのではないかと思っていたのでホッとする。
「いやぁ兄ちゃんホントすげぇよ。あんな牛持ち上げられる奴が居るなんてなぁ」
「力だけには自信があるんすよ! また依頼お待ちしてまーす!」
こうして依頼は完了し、依頼書にサインを頂いて畜産農場を後にした。
「ベアトリス、大丈夫か?」
「え? あ、うん大丈夫」
ベアトリスは初めての実戦だったからか、とても疲弊しているように見える。帰りに甘味処へ行き甘味を吸収すると元気を取り戻したが、今度は緊張が解けて疲れが押し寄せたらしく、うとうとしたあとで居眠りを始めてしまう。
ギルドへの提出は俺がするのでと先に宿へ連れて行き、マリアナさんに託してギルドへ向かった。
「あら、おかえりなさい。早かったわね」
ミレーユさんに依頼書を渡してから、ラウンジの椅子に座って体を伸ばし一息吐く。なんとかなったなぁと思いながらゆっくりしていると、視線が気になり周りを見たところ視線を逸らされる。
昨日のゴブリンの件で騒がせた後だから見られても仕方ないし、騒がせたのは申し訳無いとは思っていた。謝罪するべきだと考え席を立ち、皆に頭を下げお詫びを告げるも、一瞬見られただけで終わる。
小さい頃からこういう雰囲気には慣れているが、それでも先生に教わった通り謝ることがあるなら謝り、駄目ならあとは流れに任せようと思った。雰囲気からしてゴブリンの件は、新人冒険者がお騒がせしたということで幕引きになったのだろう。
自警団が噓を吐いた理由は気になるが、町長から聞いた理由からして追及は不可能だろうし、ゴブリンがいないのであればそれで良い。説明を聞いた限りゴブリンがいたとすれば皆に被害が出てしまう。
報告しないで黙っているよりは、嘘つきと結果呼ばれることになったとしても報告した方が良い、そう考えている。こちとら園に住んでいるだけで嘘つき呼ばわりされていたので、いまさらダメージはなかった。
あれも結局何だったのか知ることも無く謎のままだけど、後ろ指さされないようなるべく先生の教えに従い正直に生きている。自分自身が嘘を付いていないのを知っているのだから問題はない。
「ジン、お疲れ様。報酬よ」
ボーッとしているとミレーユさんに呼ばれ、慌てて席を立ちカウンターに走った。小さな銀のトレイの上に置かれたゴールドを見たところ、何と百ゴールドもあるではないか。ミレーユさんに尋ねると畜産農場の皆さんから言伝で、是非上乗せして欲しいと金銭をそえて要望があったようだ。
彼女が視線をこちらの後ろに向けたので見ると、出入り口に畜産農場のおじさんが居て会釈してくれる。慌ててこちらも頭を勢い良く下げた。おじさんは何も言わずにそのまま去ってしまう。
追いかけようとしたところミレーユさんに止められ、気持ちは伝わったでしょうと言われ足を止め向き直り頷く。畜産農場としては素早く解決し、柵が壊れただけで済んで本当に助かったと言っていた、そう彼女は付け加えた。
こちらとしては柵の修理代は大丈夫かと気になり問うも、飼えば利益が出るし飼えなくとも暴れ牛の素材を売れば儲けが出る、その分計算して上乗せされてると説明してくれて納得する。
「ジンは凄いわね。暴れ牛に関しては依頼が何度も来ていたから、結構困っていたのよね。畜産農場の方たちが今度御馳走したい、そう言ってくれてるくらい喜んでいて私たちも鼻が高いわ」
「い、いえ! ……そんな! 俺は出来る仕事を最大限しただけでして!」
「それはそうでしょうね。こんなに素早く解決したのに手を抜いていた、なんて言ったら大騒ぎよ」
俺は笑うのみに留めた。褒められて気分が良くなり、調子に乗って軽口を叩かないとも言い切れない。ゴブリンの件もあるので、なるべく調子に乗ってると思われそうな言動や態度は慎もう。
報酬を受け取りミレーユさんに一礼し、ギルドを出て防具屋へと移動した。念の為に親父さんとマリノさんに防具のチェックをしてもらい、特に問題が無いと言って貰った後は防具を見て回る。
一気に一式揃えた方が割安なんだけど、安全を考えると少しずつでも足した方が良いなと思い始めていた。
親父さん曰く、俺の付けている奥様から頂いた篭手はかなりの上物だという。ずっと変えずにメンテナンスをしっかりすれば、英雄レベルになるまで使えるだろうと言う。
そんな凄い物を頂いてしまったとは知らず、どうしていいものかと考え途方に暮れてしまった。
「良いんじゃねぇか? 町としてそれだけ期待を掛けてるって話だし、お前が頑張ればそれでトントンだろう。この町に定住してくれる強力な冒険者は一人でも欲しいだろうしな町長も」
「が、頑張ります」
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