消える同胞、現れる狂気
頭に来たので殴ってやろうかと思ったが、開いた場所から流れてくる臭いにそんな気も失せた。シンラも臭いを嗅いで顔を歪める。現れた地下への入口からは肉を焼いたような臭いと血の臭い、さらに腐敗臭まで混ざっていて気を張って無ければ倒れていた。
スイッチを再度押してシンラは入口を閉じる。指で本棚のある壁を差して移動し、身を隠しながら二人で小声でこの後のことを話し合った。魔法が使えない今の状態でこの下に行くにはあまりにも危険だという結論に達し、形跡がないよう確認してから部屋を出てすぐに村長の名を呼んで屋敷を歩き出す。
案の定大慌てで村長はこちらに来て杖を振り回しながら屋敷から出て行けと叫んだ。くまなく探したいが、目的の場所は確認できたしこんなところ一秒でも居たくないので喜んでさっさと出て行く。敷地外まではおって来ないのを確認し、さらに姿が見えないところまで移動し一息吐いてから再度話し合う。
いくらシンラと言えど、あの臭いの充満する中を今の状態では動けないようだ。なんとかするには魔法を使えるような状態にならないと難しいと言う。恐らくこの霧が原因だろうが、発生した状況などがまるでわからない。
村長が妙な動きをする前に急いで村人たちに話を聞こうとなり走り出す。あの家に行くまでにも家が数軒あり、人がいた。アイツらに何も話すなと村長が言うには村人を集めなければならず、それまでにはまだ時間がある筈だ。
二手に分かれてなるべく多くの情報を手に入れようとシンラから提案があり頷き走り出す。元の世界で営業をやっていた経験を生かして一軒一軒丁寧に回る。訝しみながらも出て来てくれた村人に、シャイネンのギルドから依頼されたゴールドランクの冒険者ですと冒険者証を見せながら言うと、笑顔になって近隣の人も集めてくれた。
身分がわかると皆進んで情報を教えてくれる。元々異変が起きてはいたが、ここのところ特に酷くなっていて物資が滞るようになっていたらしい。村人になにか近くに変なモンスターなどの化け物や、異物がなかったか聞くと、一同揃って言い淀み始めた。
事件を解決するのが目的なので皆さんに迷惑が掛からないようにするのでお願いしますと頭を下げると、とつとつと語り始める。どうやら数年前にネオ・カイビャク方面でエルフ同士の抗争があり、この大陸に逃れて来るエルフが増えていたそうだ。
影響はこの村にも出てくる。元々人間の町とは積極的には交流はしておらず、村長の一族が陣頭指揮を執り村人はそれに従って来た。物資も多くないところに同胞とはいえ他のエルフが多数押し寄せては村の存続にかかわる。
村人は危惧したものの同胞なのでどうすることも出来ず、ひもじい思いをしながらも堪えていた。そんなある日、村長からこの村に来た同胞は他の村に退去したと言われたらしい。村人は表向き喜んだものの、一夜にして数十人が居なくなったことに違和感を覚えずには居られなかった。
前々から奇妙な噂と毎年赤ん坊や子供がいなくなる事件や、他の国から子どもを見ていないかとたずねてくる者があるのを知っていたからだ。なによりそれ以前は村長の家でエルフの昔話などを聞かせてくれていたのに、突然今後はシャイネンの図書館で見るようにという通達がなされる。
「こらあああ! 何しとるんじゃ貴様!」
「え、ギルドからちゃんと依頼を受けて来たんですけど……」
「もうええ! お前には頼まん! この霧もワシらで解決する! どっかいけ!」
息を切らしながら駆け付け叫ぶ村長。杖を突いていた人物とは思えなかったが、無理がたたったようで膝を付きうずくまる。村長をおぶろうとするも拒否され、そのまま気を失って地面に突っ伏した。集まっていた村人たちに村長に肩を貸してあげて欲しいと頼み、屋敷まで誘導する。
門を通り屋敷の中に入り皆で村長の部屋らしきところを探し出して寝かせた。その時に村人の一人が息子さんが見当たらないとつぶやく。他の人も奥様も見当たらないと言い出し混乱し始める。ここはチャンスかと思い、皆で探して村長の様子を教えましょうと言って部屋を出た。
誰にも邪魔されず屋敷の中を探し回れる。シンラが居てくれたらよかったが仕方ない。部屋を開け中を見ていくと、確かに村長以外の誰かが住んでいた形跡が多くあった。形跡は昔のものではなく最近まで住んでいたのは間違いない。
さらに奥まで進んで行くと、鍵がかかった部屋が見つかる。緊急事態だから仕方ない! と誰に言うでもなく叫んで蹴り破る。現れたのは本で埋め尽くされた部屋だった。急いで中に入り一番奥に厳重に本がしまわれている棚を発見する。ガラスを拳で一枚破壊し中の本を取り出して見ると、そこにはシンラの言っていたおぞましい実験の記録が収められていた。
中にはガイラと書かれたページがあり読もうとした瞬間、背後に殺気を感じ覆気をして攻撃を防ぐ。衝撃からして人間でもエルフでもない者の攻撃だ。
「な、何故魔法が使える!?」
「魔法なんかじゃないさ。人間の生きる力を増幅したものだよ」
ゆっくり振り返るとそこには武器を持った村人と村長が立って驚いた顔をしていた。
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