霧の中での再会
今までとは違う恐怖を感じ、思った以上に自分が動揺していた。じめじめした季節のじわっと掻く汗のような感覚が取れず、頭を振りながら荷物の中から革の水筒を取り出し口に含む。向こうにいた時にはこんな状態になったことはなかったと思う。
園から学校に通っていたこととかで攻撃されたり避けられたりするパターンが多くあり、なるべく目立たないようにしながらも攻撃されれば反撃して虐めの的にならないよう対処していた。気が弱ければ虐められるのは園でも学校でも社会でも同じだった。
相手を押しつぶす程の迫力は必要ないが、相手の無理強いや強引な押しにも引かないくらいには無いと付け込まれる。例え喧嘩になるとわかっていても引いてはいけない時もあったし、それをくぐり抜けてきた。
元の世界の時と比べここでは良い出会いが多く、人に恵まれていた気がする。嫌なことを強要されたりする機会は少なかった。今感じている恐怖はここ最近、元の世界のような状況が増えてきた影響で気持ちが弱っているのかもしれない。
――代償の時はいずれ終わる。
手芸専門店でのDr.ヘレナの言葉が不意に聞こえる。周りを見渡しても当然ながらDr.ヘレナはいない。人に恵まれて来たことがなにかの代償とでもいうのか。誰の代償だ? 俺のか? 頭の中を探っても出てこない。
なにかあればすぐ疑われるのにわざわざ自分からそうなりに行くことはなかった。ふと巨大蜘蛛のアラクネと初めて会った崖の模様、Dr.ヘレナに話し掛けられ驚いた時頭に浮かんだ運転手の顔が連続して浮かぶ。
とてつもなく気分が悪くなり荷物にもたれ掛かりながら水を吐き出してしまう。シシリーとエレミアが心配して駆け寄り背中を擦ってくれたお陰で少しずつ落ち着いて来る。
「もう来たのか……お前さえ轢かなければ」
突然森の奥から聞き覚えのある声がして、三人でその方向を見ると商人さんと馭者さんが立っていた。喋ったのは馭者さんだったと思うが誰を轢いたのだろうか。気にはなったものの先ずは捕らえなければと立ち上がる。二人の様子が変だ、とシシリーがいうので顔を見ると二人ともどこか虚ろな表情をしている。エレミアが魔法を使ってる奴がいるから気を付けてと叫んだ。
詳細を聞こうとするもいつのまにか背中を擦ってくれていた二人だけでなく、商人さんと馭者さんも消えいつのまにか霧の中にいた。魔法を使ってこちらの分断をねらっているのか? だとして何故商人さんと馭者さんが?
「なにをしに来たの?」
警戒しながら辺りを見回していると初めて聞く声がする。恐らく少女かなという感じの幼い声だった。ギルドの依頼でエルフの村の付近でお化けが出ると言うから調べに来た、と答えるとお化けが出たらいけない? と再度問われる。
皆が怖がって輸送の妨げになっているから出来れば解消したいと言うも返答がない。霧も晴れずどうしたものかと考えた結果、なるべく被害が出ないよう霧を晴らすために上に向けて風神拳を試しに放ってみることにした。
霧を巻き込みながら上がって行ったが、すぐに元通りになってしまう。まったく効果が無く頭を抱えているとあなたは馬を助けた人だねと弾んだ声が聞こえた。徐々に霧は晴れていき視界は良くなったものの、シシリーとエレミアを探してもどこにもいない。荷物もいつの間にかなくなっている。
状況確認をしようと歩き回ろうとするが、十歩ほど横に移動すると霧が現れ進もうとすると足が竦み進めなくなってしまう。どうやら縦横十歩ほど移動した円の範囲だけ晴れていて、霧そのものは完全に晴れていないらしい。
晴れた範囲の中をうろうろしているうちに、いつの間にか一つの方向にだけ霧が晴れていた。霧を巻いている主の誘導だろうがこのままここに居ても進展はない。ギルドに報告のあった怪現象っていうのはこれのことだろうなと考えその方向へ進む。
同じような景色が続き迷った時のために木に傷を付けようとするとすぐさま止めて! と声がして辞めざるを得ない。どうやらこちらの動きをちゃんと監視しているというのがわかっただけいいかと思いながら進んで行く。
「よぉ久し振り」
「……貴様……」
なんの冗談かそれとも夢幻なのか。目の間に居たのは肩まである白い髪に切れ長の目、高い鼻に顔中紋様がある男がワインレッドのローブを着て立っていた。正直なんとも言いようがなくて挨拶だけしてみたが逆鱗に触れたらしい。
青筋を立て歯を剥き出しにし右手を突き出した。その手に炎が宿った瞬間、酷いことしないで! という叫び声と共に炎が消える。師匠や竜騎士団が追う、この大陸を混乱に陥れている魔法の天才にして暗闇の夜明けのリーダーであるシンラの魔法すらも掻き消してしまうほどの力の持ち主とは一体誰なんだろうか。
「あなた様は一体どちら様で?」
シンラの後ろから、剃髪したような頭で白いローブを着たエルフの御爺さんが杖を突きながら出て来てたずねられたので、ギルドから来ましたと告げると膝を付く。駆け寄り肩を抱きかかえながらどうしたのかというと涙声で申し訳ないと言われる。
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