町と村との因縁の間で
町長に続き馬車を下りたところ丁度村の入り口前に到着しており、村の中を見ると夜の闇の中に炎がいくつも浮かんでいる。一瞬幽霊かと思い目を凝らして見てみたら、松明を持った自警団の人たちでほっとした。
横一列に綺麗に並んでいた兵士のうちの一人が、町長と声を掛けながらこちらに近付き小さな声で耳打ちする。頷いた町長は自警団に近付いていき後について自警団に近付くが、村に入れまいとしてか自警団の団長が村から出てきた。
「こんな夜更けに何の用か。失礼ではないか?」
「夜分遅く失礼する。ゴブリンを見たという報告があったのでな」
「そのような事実は確認出来ません。あれば報告せねばならぬことくらい、いくら我らでも承知しておりますが?」
彼の言葉に愕然とし言葉を失う。この地に降り立った初日に襲われたのだから鮮明に覚えている。
あの時助けに来てくれたアリーザさんの姿も、昨日のことのように思い出せた。初めて会った場面を振り返っている時、そういえば彼女もいっしょに居たのだろうから、確認してもらえば良いのではと気付く。
さっそく団長に対し、襲われている所にアリーザさんが駆けつけてくれて助けてもらった、彼女に確認して欲しいと頼む。
なぜか彼はこちらを睨みながら早口で、確認したが覚えがないと言っていた君の勘違いじゃないのか、と吐き捨てるように言ってくる。
あのアリーザさんまで見ていないと言ったのかと思い、一瞬ショックを受けたが彼女がそんなことを言うとは思えない。
是非彼女と直接話がしたいというも、こんな夜更けに女性を呼び出すなど失礼なことを言うな、と叱責されてしまった。
大切なことだと食い下がるも再度拒否され、アリーザさんが見ていないというのはおかしい、それでは自分はどうして自警団に運ばれたのかと食い下がる。
団長は鼻で笑いながら倒れていた君を見つけて彼女が運んで来た、そう言えば目が覚めた時記憶喪失と言っていたから、その影響で混乱していたのではないかと言われる。
まさか自分で都合が良いだろうと思い設定したものが、相手に利用されるとは思わなかった。
返す言葉が無くなり黙っていたこちらを見兼ねてか町長が前に出て、ジンの思い違いだとしても放置できない、この辺り一帯を捜索したいので良いかと尋ねた。
こちらに対してしてやったりと余裕の表情だった団長は、町長の言葉に顔色を変えここは我々の持ち場であり、依頼した訳でも無いのに勝手をされては困ると即答する。
続けて我々の証言よりも記憶喪失の男の言葉を信じるのか、自警団に対する不信以上のものがあると捉えても良いのか、と脅してきた。
まさか自分の話から自警団と町との対立に発展するとは思ってもおらず、二人の間に出ようとしたが手で制される。
町長が黙っているのも気になったが団長の態度が気になった。村より町の方が大きいはずなのになぜこんなに強気なのか。
なにか強力な後ろ盾が無ければ、自警団団長が町長を脅すなどという暴挙に出られないのではないか、と考えた時頭をアリーザさんの姿が過ぎる。
彼女が本当に元お姫様なら、力関係的には町長よりも上だ。ヨシズミ国の王が受け入れたとなれば町長の立場ではどうにもできず、この近辺を調べられなかったのも納得が行く。
「事を荒立てようとは思わんが、こちらにも報告する義務がある。捜索を拒否されたとそのまま上に報告するが構わんな?」
「それはあなたの自由だが、記憶喪失の人間を信じて捜索を申し出たなどと、私ならそんな話は恥ずかしくて報告できない」
「……よく分かった。夜分にお騒がせした、失礼する」
「あっ!」
一礼して町長が馬車に乗りそれに続こうと身を翻した時、自警団の方から声が上がる。気になって振り向くと皆口を半開きにして固まっていた。何かあったのかとこちらの兵士たちと周囲を見て回ったが何も無い。
何もないことにほっとし脅かしかと心の声が漏れてしまう。こちらを見て兵士たちは苦笑いし頷いた後で、大きな溜息を吐きながら馬車の馭者席や側面の警護に戻る。
改めて振り返ってみても今日の彼らの様子からして、こちらだけでなく町に対しても敵意を抱いているのは明白だった。
国と町と村に挟まれたアリーザさんが、良からぬことに利用されないよう祈りつつ、後ろ髪を引かれる思いで馬車に乗り込む。
「待てジン、それは一体」
扉を閉めようとしたところで団長がそう問いかけてくる。彼が何を指しているのか分からず首を傾げていると、背中に背負っている物だと言った。不死鳥騎士団の盾の事かと気付き、知人から頂いた物だと答えると口を開けたまま固まる。
ひょっとしたら持ち主を知っているのかもしれないと思い、ジッと待っていたもののそれ以上何も言わない。明らかにこの盾を見て団長だけでなく団員も様子がおかしかった。
いったいこの盾と自警団はどんな関係があるのか問おうとしたが、馭者席から出るぞとどやされ急いで乗り込み町へと戻る。
町の入口に到着すると夜なので塀の上の兵に声を掛け、門を開けてもらい町へと入った。門が開くと多くの市民が待ち構えており不安そうな顔をしている。
町長は馬車から降りて皆に今は心配無いと伝えると、安心したように家へと戻ったりお店を再開したりして行く。
再度馬車に町長が乗ると御屋敷へ直行した。屋敷内に馬車が入ると町長が下りたのに続き降りる。このまま解散とはいかないだろうなと思っていると、やはり町長から少し残るよう言われ町長室に同行した。
証拠もないのにゴブリンを見たと言ったのは不味かったなと思い、部屋に入るとすぐに謝罪したがそういう話はないではないという。ただ今回は自警団の対応の仕方がおかしかった、そう言って町長は机に備え付けられた椅子に座り、頬杖を突きながら話す。
「いつもなら適当に捜索をして済ませるくらいはやるのに、まさか不信以上のものがあると言ってきたのには驚いたよ。全くもって頭の痛い問題だな」
「まさか町長が脅されるとは思いませんでした」
「冒険者だったらやりあいたいところだがな……不便なものだ上の立場になると言うのは」
町長は溜息を吐いたあとで、あの村は特殊で容易に手が出せないという。代々この国の王は人が良く、戦争が起きないのをいいことに他国からの亡命、それも権力闘争に敗れたような人間をかくまっていたらしい。
あの村はそう言う人間たちの血縁者が多いと言われ、異世界人も厄介者には違いなく、あの村に着いたのも因縁のように感じてしまった。
先ほどの団長たちの反応からして、親父さんから譲り受けた不死鳥騎士団の紋章の入った盾にも、同じように因縁を感じざるを得ない。自分がこちらに来たことによって、何かが動き始めたというのは考え過ぎだろうか。
「だがこればかりは放置する訳にはいかん。上には報告をして指示を仰ぐ。お前にもまた協力を頼むと思うが」
「自分も気になりますので是非協力させてください」
こうして初の緊急依頼は消化不良で終わった。一応今回は何事も無かったが給金が発生するようで、ギルドに報告をすると報酬を頂いてしまう。五十ゴールドゲットしたが素直に喜べない。モヤモヤしながら宿に戻ったところ、ジョルジさんからベアトリスは待ち疲れて寝てしまったと聞く。
だいぶ時間がかかったんだなと思いつつお礼を述べると、お風呂も食事も用意できていますよと優しい言葉をかけられ、モヤモヤも少し軽くなる。改めて感謝を告げ風呂に入り食事をして就寝した。
気になる点ばかりを残して終わった日の翌朝、ベアトリスを起こしに行ってから共に朝食を取る。昨日の件について聞かれたが、何も無く帰って来たと伝えるだけに留めた。食事を終えギルドへ赴くと、ミレーユさんからいつもと違う依頼書の束を貰う。
何かと思いながらラウンジに移動して二人で見たところ、前にも言われていたように二人で行う依頼を集めた束のようだ。こちらが頼む前に二人用の物を用意してくれるなんて感謝しかない。
冒険者の数も多いのにそれぞれの細かい状況を理解しているなんて、ギルドの受付の仕事は記憶力が無いと務まらないだろな、と思い感嘆する。
「うわー荷物運びとか無いやつだねこれ」
「そうだな」
二人用の依頼書にある依頼はモンスターに関する物ばかりだ。近隣で発生した事案に対して対処するようで、遠出はしないのは良かった。敵もスライムや狼と言ったものが多い。
先ずはスライムを受けようと思いミレーユさんに提出したところ、すんなり了承とはいかなかった。
「この依頼は貴方には不向きだと思うわ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、スライムは軟体生物で不意打ちを受けると装備が溶けてしまうの。ベアトリスはナイフがあるから良いけど、貴方は武器が無いから不向きだと思って」
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