戦いたい衝動
「幹部が同じ国に何度も襲撃を掛けるという事例は今まで無かった。お前はそれを二度も退けて死者を出していない」
師匠は相変わらず天井を見たまま話していた。後悔の念が少しあるという感じに見える。幹部を二人退けたというのもティーオ司祭からの報告ではなく、ゲマジューニ陛下から指導に関して感謝を述べる書簡に掛かれて知ったようだ。
書簡の内容を見て直ぐにヨシズミ国へ向かおうとしたが、各国の関所が厳重化し足止めをくらう人たちが続出し、原因を探るため動かなければならなかったという。調査の結果やはり暗闇の夜明けによる工作だったことが判明する。
ヨシズミ国へ到着するかしないかで妙な気を二つ感じ、足を止めて気取られないよう監視行動に移行したそうだ。二つの気が不穏な動きをしたのを監視していると俺と接触したのを見て急いで割って入る。現れたのは暗闇の夜明けの幹部だけでなく、この世界の神であるクロウ・フォン・ラファエルだった。
「自分で言うのもなんだがだいぶ活躍したと思う。それでもこの世界を作った神は来なかった。親父の時も来たのにな」
少しおどけたように言ってから、師匠は姿勢を正しこちらを見る。少し見ない間に更けたように見えた。まだ真実はわからないが、自分の息子を疑わなければならないのは辛いだろう。まだ大陸的にも人間が優位に立っているわけではない。
ヨシズミ国の近くにある不死鳥騎士団跡地にもこの世ならざる者が存在し、それらに追われるようにモンスターたちも移動していたりして安定せずにいる。人間同士で争っている場合ではないが、ヨシズミ国でも人間同士が争っていた。
戦う対象なんて幾らでもあるのに、同じ国で生活している相手と戦いたがるのは人の悲しい性なのかもしれない。自らの底知れない欲に突き動かされる。この世界では特にそれが死に直結する可能性が高い状況だ。
元の世界のような大量殺りく兵器はまだないが、魔法が無法のまま広がればそれ以上に危険なものとなる。竜神教は危惧した結果、魔法を閉じ込めた。
竜神教の危惧に対して自分の理想を押し通すべく抵抗運動をしているシンラ。マラニア崩壊事件は事故に近いとしても、マダラ国反乱事件のような明確な主義主張と意図をもって行われる。自分の息子が裏で手を引いていたとしたら……。師匠の苦悩を思うとなんと声を掛けて良いのかわからない。
クロウがこの星に降り立ったという点も師匠を余計悩ませているのだろう。以前来たのはヤスヒサ・ノガミの活躍した時代。もっと人々が弱く人間族は端に追いやられていた時に英雄となる前のヤスヒサ・ノガミと対峙すべく降臨したと言う。
憶測でしかないが、司祭はクロウと戦ってみたかったのかもしれない。小さい頃から父親以外は相手にならない状況で暇を持て余していた彼は、強敵と戦って自分を成長させたかった。神をも倒すほどになれば父親も超えられる。
父を超えるために神を呼ぶ必要があった。祖父がそうだったように、異世界人が暴れまわれば必ず降臨するという考えのもと実行したのかもしれない。おっさんである俺が彼の強敵になるよりは確実だ。
「一足飛びに願いを叶えてやるしかないか」
「師匠、まだ司祭の答えを聞いていません」
「聞く必要はないだろう。アイツのやっていることは明らかな”悪”だ。おのれの欲望のために多くの命を踏み潰した」
「ティーオ司祭を倒せたとしても、師匠も倒れてしまってはこの先どうするのでしょうか。司祭が仕掛けたかもしれないこの騒動は、もう彼の手を離れて転がっている。親としての責任を考えるならそれを止めなくてはならないと思います」
司祭の狙いがこちらの読み通りだとして、師匠まで倒れたらシンラもそうだがクロウを誰が止めるのか。一介の冒険者では一対一が精々で集団戦になれば確実に負ける。戦闘指揮経験も無ければ知識もないのだから当たり前だ。
チート能力があり戦闘指揮能力にも及んでいれば良かったが、あいにくこの星で強さランキングがあってもど真ん中にいれば良い方なのでチート能力があるとは言い難い。目の上のたんこぶがなくなれば暗闇の夜明けの支配する世に、少なくともこの大陸はなるだろう。師匠もそれがわかっているからこそ、ここから動かず考えていたに違いない。
今は不可侵領域に向かい、情報を集めてクロウを出し抜きさっさとこの星から去ってもらうのが先決だ。資料がないのであればあるところへ行きたい、師匠にそう告げると小さくそうだなと言って立ち上がる。
部屋の真ん中で足を止め、掌を上へかざすと縦横五十五センチくらいの大きさの青い球体が現れた。徐々に白い光に覆われ眩しさに目を伏せる。なにが起こったのか確認したいが光が収まらないのでまっていると、球体の方から高い声でこんにちはと連呼しているのが聞こえてきた。
「姉さん、まだ通信は安定してないから落ち着いて」
「あらいやだ」
師匠は平気なのかこんにちはと連呼している主と会話をしている。姉さんと言っているが、ひょっとしてノガミ一族の代表であるサラティ・ノガミと会話しているのか? ここからかなり距離があると聞いたが……やはりこれも魔法の力なのだろうか。
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