正義の味方と自分との距離
集落はシャイネンの中と比べて忙しなくそして賑やかだ。大通りでは野菜や肉、惣菜などの調理済み食品も売っていて値段交渉も行われている。元の世界ではこういった場所は東京の下町にあるくらいで、自分が一人暮らししていたところではスーパーしかなく人の声が飛んで来ることも無かった。
この世界に来てシオスの町を見た時、とても新鮮な気持ちになったのを覚えている。人と人とがいつも交流しているような世界。隣に誰が住んでいてどこでなにをしているのか知ろうと思えば知れる世界。見知らぬ他人にも情を感じるのは、人と交流するのがあたりまえになっているからだろうなと思った。
「旦那、一人で出歩くとは不用心ですな」
人同士の交流が希薄で他人は他人という感覚の自分は、この世界の人たちからしたら異質なのだと感じる。営業マンで人と話さないなんてのはないし、相手の機嫌などを考えなければならなかったので、営業をしてなければ人とスムーズに話せなかっただろうからそこは感謝していた。親も無く働かざるを得ない状況でなければ、ここに来てもろくなことは出来なかった気がする。
ずっと居場所のない生き方を三十五年してきたから、異世界に来ても世界の違いに驚きはしたが直ぐに生活しようと頭を切り替えられた。あまり他人の視線は気にならない、というかだいたいいつも他人が自分に対して貼るレッテルは決まっていたので、ショックを受けなくなっていたと思う。
感覚が麻痺した結果、他人に無理してまで頑張ってまで好かれようとは考えなくなる。恐らくこれまでの結果、英雄や正義の味方という言葉に過剰なまでのアレルギー反応を示すのかもしれない。辛かった日々に英雄や正義の味方はいなかったのに、自分に求められてもそんな身勝手な話は納得できないんだよなきっと。
先生はあくまでも身寄りのない子供を預かる職員で、一人一人に時間はかけられない。自分は迷惑をかけまいと大人しくひっそり堪えながら十八歳まで過ごした。シンラとの戦いの時にふいに聞こえた言葉は、園を出る時に送って貰った言葉であり先生と交わした最後の言葉だ。
「なんで今頃人生と向き合わなきゃならないんだろうな……俺向こうで生きてるんだろうか」
なんとなしに出た言葉に自分で驚く。まるで死んでる可能性があるみたいじゃないか。そういえばこないだなにか思い出したような……俺ここにどうやってきたんだっけ。
「人生に向き合う前に俺と向き合え!」
誰か怒鳴ってるけどこういう時くらい静かにして欲しいなと思い、リベリさんと話した空き地に足が向く。愉快な思い出のない過去を振り返って考えるのは好きじゃないから、少し切り替えられるまで一人でぼーっとしたかったのであそこなら大丈夫だろう。
「ふん、どうやら覚悟を決めたようだなジン・サガラ!」
「え!?」
振り返るとワインレッドローブを着た同じくらいの背丈の人がいた。驚いたこちらに対して言葉も発さず身を震わせる相手の人。暫くして凝った装飾の黒いショートソードを取り出し切り掛かってくる。
なにがなにやらさっぱりわからなかったが、恐らくさっきから何度か聞こえたものはこちらに対して言っていたに違いない。タイミングが悪かったなと思い斬撃を避けながら謝罪するも、食い気味に奇声を発せられ遮られてしまった。
ブラゴ卿と話した途端、自分の内面について考えさせられてしまったのはなにかの作戦なんだろうか。作戦だとするなら効果は抜群だと感心する。振り返ることなく漠然と生きて来て、ある日突然出社しようとしたらなにかが横から来て気付いたらこの世界に居た。
この世界に来たのも自分の人生を振り返れってことだとすると……いや、これ以上は考えるのは止そう。まだなにも決まった訳じゃない。
「貴様ぁああああ!」
本当にこの人は間が悪すぎる。ブラゴ卿とは別の日に来てくれれば意気揚々と相手したのに、今日は司祭の闇を感じたり超大盛りを平らげたりとか色々あり過ぎて気が定まらない。鋭い太刀筋だが殺意が大きすぎて今の自分では素早く感知し避けていた。
相手の怒号からして避けるのはまだしも無表情なのが余計腹立たしいのかもしれない。覆気もせず最小限の動きで避けていて、言うなれば完全に無に近い状態になっているからこそできる芸当な気がする。
普段からこれを出来るとは思えないから偶然だなと思いながら避け続けた。やがて向こうは苛立ちの極地に辿り着いたらしく、豪華な装飾の黒いショートソードを地面に突き刺しローブの前を開けて手を出すと剣にかざす。
「貴様には我が魔法を堪能させてやる……ありがたく思うがよい!」
「え、ここで魔法は不味いのでは?」
「なんでだ!」
「シャイネンのお膝元で魔法を使うと……」
「暗闇の夜明けだ!」
入ってきた狭い路地からプレートアーマーの集団がおしくらまんじゅうしながら出て来た。それを見てワインレッドローブを着た人は慌てて剣を引き抜いて屋根の上に飛び上がる。屋根の上からむせながらおぼえてろと捨て台詞を吐き去って行った。
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