雨雲
師匠からはギルドの捕縛ミッション達成に関して、シャイネンの王として感謝を伝えられた。偶然自分の依頼絡みだったという経緯を説明したが、事件が長引けば国の内外が騒がしくなったから助かったと言われる。
マテウスさんはその際、とても言い辛そうにシャイネン内にあるギルドの元長であるティーオ司祭にたずねてみてはどうかと提案した。元長となると、例のシンラが魔法書を持ち出した事件にも関与していたのかもしれない。
呼吸する音が聞こえるほど室内は静けさが支配する。だいぶ時間が経った頃、下から真っ白なローブに身を包んだ女性が上がってきた。竜神教とシャイネンの昼の会議が始まるので来て欲しいという。師匠は何も言わずに立ち上がり女性について下に降りて行く。
マテウスさんは師匠が去ると大きく溜息を吐いた。父親と息子ということ以上になにかギスギスしたものを感じるとマテウスさんはボソッと呟く。そうなんですかと言うと、慌ててどこの親子にもよくあることだとして話を切り上げて立ち上がる。
城を出てシシリーたちに合流すると、まだファッションの話をしていた。流石に聞いてもわからないので、終わったら鍛錬ルームに来てと告げ移動し、マテウスさんに稽古を付けてもらう。やはりさっきの提案が引っ掛かっているのか心ここに非ずって感じで、草原駆ける鳥に後頭部を引っ叩かれて稽古は終了となる。
結局マテウスさんはそのまま仕事があると言って去って行った。とりあえずまたシシリーたちのところに戻ったがファッションの話は終わっておらず、終わるまで隣で座って待つことにする。
「マテウス様は?」
シシリーとエレミアがお茶の御代わりをもらいに席を立った時にミアハが聞いたので、仕事だってと答えると首を傾げた。街中でマテウスさんを見掛け声を掛けた時、オフだと言っていたらしい。いつもの癖で城まで来てしまい、通りががった二人を見つけた兵士に呼び止められ師匠のところへ通されたようだ。
それとなく町のギルドの前のギルド長って誰か知ってるとたずねると、知らないのは田舎者だけだと辛辣な返しをされる。ティーオ司祭がノガミ家の長男の息子であるにもかかわらず、竜神教の大支部のシャイネンでもない田舎の教会に何故いたと思う? とミアハに問われ即答できない。
「ティーオ司祭は最強の武人だと思うわ。もちろんゲンシ様がトップだけど、ゲンシ様を除けば思い当たる人物はあまりいないくらいにね」
「確かに司祭は強い」
「あなたも中々やるようだけど所詮は人間。マテウス様も出自は素晴らしいけど私たちダークエルフではあの方には太刀打ちできない。話によれば小さい頃から神童と謳われ、並みの武人どころか竜人ですら稽古にもならなくてゲンシ様がずっと稽古を付けてるらしいし」
「師匠以下の者なんて歯牙にもかけない……か」
「生まれながらにして最強っていうのはどうなのかしらね。ひょっとしたら暇なのかもね」
ミアハの言葉に嫌な想像が浮かんでくる。ベアトリスがヨシズミ国に来たのも人の出入りが盛んな国だからだし、前から他の国はヨシズミ国を狙っていたしシンラや暗闇の夜明けは仕事を依頼されただけ。イグニさんがベアトリスたちを数ある国から見つけ出したのだって偶然だ。
俺があの国のよそ者の村の近くに出たのも運命は感じるが誰かがそうしたわけではないはずだ。アリーザさんが俺を見つけたのだって……。
「ただいま……ちょっと、うちの子を虐めないでくれる!?」
「虐めてないわよ。私はただ感想を述べただけ。男ってよくくだらない妄想するじゃない? あれよあれ」
くだらない妄想を促した張本人に呆れた顔をされ、真剣に考えてみたのが馬鹿らしくなったのでやめた。頭にきたし腹も減ったのでその場を去る。歩いていて目に入ったスパゲッティの超大盛りチャレンジが出来る御店に入りやけ食いを始めた。
悪い方向に考えたらキリがない。先ずはアリーザさんを眠りから覚まさせるため、知識を入れてから不可侵領域へ入る。あの言い方からして不可侵領域の謎が解明されれば大人しく帰るだろうし、アリーザさんも解放されるだろう……きっと。
急に暗い感じになってきたので振り切るべく咀嚼もそこそこに呑み込み、次を口に入れほおばる。しっかり一つ一つクリアしていくしか今はない。そのあいだ稽古をして体も心も鍛えて不測の事態が起きても慌てず動けるようにしていこう。
「超大盛チャレンジでこの速度はなくない?」
「まぁ遅いわね」
「ジンがんばれ!」
いつの間にかカウンター席の両端にミアハとエレミアが座り、目の前でシシリーが妙な踊りを踊りながら応援してくれていた。可愛くもあり面白くもある踊りを見ていたら元気が出て来て、今までしたことのない咀嚼速度を出し高速で超大盛りスパゲッティを平らげる。
店中から拍手をもらい、店主からお食事券を頂いたのでシシリーにエレミア、それにミアハに御馳走し改めて皆で食事をした。その後三人がシャイネンの手芸用品店へ行くというので腹ごなしに同行する。
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