緊急依頼!
「ジョルジさん、この盾に見覚えはありませんか?」
背負っていた盾を下ろし、ジョルジさんに紋章が見えるようにしながら胸の前に持つ。盾を見た彼は目を丸くして暫く止まった後で、苦笑いし小さな溜息を吐いた。どうやら先ほどの盾も持たずに帰らない人を最近見たようで、その盾の持ち主だと言う。
最初来たばかりの頃は皮の鎧に剣に盾としっかりしていたものの、最後に見た時には盾が無くなっていたらしい。冒険者にとって武具は命綱のようなものなので心配になり、どうしたのかと聞いたところ旅費が無く売ったと答えたようだ。
冒険者ギルドへ登録すれば援助を受けられると勧めるも、この国に帰属する気のない人間が恩恵を受ける訳にはいかないと断ったと言う。
「モンスターや野生の獣だけでなく、盗賊が徒党を組んでいて危険だと言ったんですが、”俺は元不死鳥騎士団だから強い! 例え雑兵とて手は抜かないのが礼儀だから負ける訳が無い!”とおっしゃられてそのまま……」
「何でも盗賊にやられたとか」
「防具屋の親父さんからですな? 恐らくそうではないかと」
「恐らく、と言うのは何か疑問点があるんでしょうか」
顎に手を当て少し考えた後で、ジン様は盾を持っていらっしゃるので話してもよいでしょう、と言って当時の状況を話し始める。宿を利用していたこの盾の持ち主は、ジョルジさんにそう啖呵を切った後、また戻ると言ってここを出たそうだ。
ところが三日たっても戻らず、部屋には着替えも置いたままになっていたので、なにかあったと考えてギルドに届け出をしたという。ギルドも直ぐに捜索に乗り出したが、三日も立っていることを考慮し人員を動員すべく、町にも協力を依頼したらしい。
ジョルジさんは言葉を交わした者として協力を名乗り出て、防具屋の親父さんたちと共に捜索隊として周辺を捜索した。朝から捜索し夜に差し掛かった頃、森の中で数人の盗賊の遺体を発見する。捜索対象の人物がいるかと思い、大勢で付近を探したところ見覚えのある右腕が見つかった。
盾の持ち主が町に滞在中は半袖で、二の腕に盾と同じ紋章の焼き印をしていたのを見ていたので、右腕は本人に間違いないとなる。出血の量からしてもとても生きているとは思えず、その後も捜索は続けたが打ち切りとなったようだ。
異世界に来たのだから魔法が当然あるものだと思っていたが、そう言えばまだ見ていなかった。ジョルジさんに魔法で探せないのかと問うも、あるにはあるがその知恵と技術は戦争の道具にもなる為、限られた場所でしか使用されていないという。
限られた場所とはどこなのかとさらにたずねたところ、竜神教という宗教が魔法を管理しておりその教会でのみ使用でき、さらに許可された場合に限り治癒の魔法が使用されるという。あちこちで魔法が使われているのかと思いきや、まさか管理されている上に治癒のみとは驚いた。
魔法習得イベントがあるのかなと心のどこかで期待していたものの、早いうちにその夢が消えてしまい少し残念に思う。なぜ魔法について聞いたのかと今度はこちらが聞かれ、魔法があれば探せるのではないのかと思ってと言うと、特殊な形の魔法を御存知なのですねと言われる。
この世界の人にとっては魔法は治癒のみであり、探すことに魔法を使うという発想がないのかもしれないな、とこの時思った。ゲームをやり込んでいたわけではないのに、とっさにゲームの知識が出てしまい、今後気を付けようと考えつつ笑って誤魔化す。
「話を戻しますがその竜神教のシスターの御見立てでは、生存を確認するには難しいでしょうと言っておられました。凄まじい量の血が地面に染み込んでいましたから、我々も納得して捜索は終了となり町に戻って来ております」
遺体を見つけてあげたかったがゴブリンたちの巣窟が近く、ジョルジさんたちは断念したと言う。ゴブリンと聞きゲームのゴブリンを思い出してしまい、口に出そうになるのを抑える。間違えると違うモンスターがいるのかと思われてしまうので、頭の中のイメージを伝えようと詳細を思い出す。
途中でそう言えばこの世界で初めて目が覚めた時に、緑色の肌の人に襲われたという情報も出て来て、頭の中でゲームのゴブリンとそれを並べてみると似ていた。慎重に伝えるべく、ゴブリンというのは百センチくらいある緑色の肌の人ですか、と曖昧な感じで聞くとそうだと言われる。
最初に出会ったのはゴブリンだった、ということがこの時やっと判明した。ゲームなんて総合スーパーで見たりとか、職員の人に見せてもらったことくらいしかないので、中途半端にしか知識が無いのが悔しい。
ゴブリンとは獰猛で生きてるなら見境なしに襲う習性があり、特に女性を好んで襲い繁殖行為を行いあっという間に増殖する、とジョルジさんが説明してくれる。まさかの妖精の一種らしく気付いたら居たということがあり、一度住み着かれて放置すれば他の生き物が滅ぼされるとも言った。
「発見したら直ぐに退治しなければならない、そうギルドの規則にもあります。ジンさんは何処でゴブリンを?」
「あ、えっと自分が目を覚ましたアリーザさんたちが居る村の北方面だったと思います」
「そうですか……でしたら早いうちに報告に行かれるのが良いでしょう。寝覚めが悪くなりますから」
知らなかったとは言え、そんな凶暴なモンスターを見た報告しなかったことに血の気が引き、胃が冷たくなりながら追われるように宿を出てギルドへ向かう。飛び込んで来たこちらをギルドに居た皆が一斉に見たが、ただならぬ様子を察したのかざわ付き始める。
受付にいつも懇意にしてくれるミレーユさんが居なかったので、一瞬固まってしまったが受付のギルド員にありのままを報告した。聞き終わるまでにみるみるうちに顔色が変わり、こちらは承ったので町長に連絡をと言われる。
ベアトリスは夜も遅いので宿の手伝いをしながら待ってくれと頼み、急いでギルドを出て町長のところへ走った。御屋敷に着くと血相を変えたこちらを見て何かを察したのか、急いで同行してくれそのまま町長室と書かれた部屋の前まで来る。
要件をと促されたので名を名乗った後、ギルドから緊急の用事で来ましたと告げた。中へと言われたので入ると町長が椅子から立ち上がりこちらに来る。目の前で立ち止まり何かと聞かれたのでゴブリンの話を伝えたが、町長は慌てずに頷き冷静に指示を出し始めた。
同行した兵士たちをはじめ、屋敷中が慌ただしく動き始める。昔発注書の値段が可笑しいのに気付き、上司に相談した時もこんな感じだった。上司は激怒し俺の襟首を掴んで一緒に取引先まで行き、頭を何度も下げ粘ってやっと値段の修正をさせてもらった。
なんとか応じてもらえたから良かったものの、貸しを作ったということで後日別件で無茶を言われ、受けざるを得ず皆に迷惑をかけたのを覚えている。今回は冒険者でしかも一番下の立場であり、責任を取りようも無いし、一体どうしたら分からず途方に暮れた。
「よく気付いて報告してくれたな、ジン。一応調べたがゴブリンの報告は村から上がっていなかった、とは言えお前の様子からして嘘とも思えん。ゴブリンの恐怖を知っていれば真っ先に報告しただろうが、知らなかったようだな」
指示が出し終わった町長は、こちらに来て労ってくれた後でそうたずねる。大きく二回頷き記憶喪失とは言え申し訳ありませんと謝罪した後で、背筋を伸ばし手を横に添えてから勢いよく頭を下げた。知らぬものは仕方ないし、お前が記憶喪失というのはこの件で十分理解したと言う。
厄介な事態を招いたお陰で記憶喪失という設定を理解され、心中複雑だったものの村のことが気になる。アリーザさんのお陰で撃退できたはずだが、まさか夢の中なんて言うことは有り得るのだろうか。
彼女は武勇をひけらかす人ではないと思うけど、報告を忘れるほどうっかりもしてないと思った。思い返せばあの村は極端に首都の事を恐れていた気がする。ひょっとしたら報告をあえてしなかった可能性もあるのかもしれない。
「お前もなにか思うところがあるようだが、村から報告が無かったからと言って何もなしというわけにはいかん。ゴブリンの報告が誰しもが課された義務であり、町やギルドはそれを受けた場合必ず調べて報告書を出す義務がある」
調べた結果何も無しであればいい、近年あの辺りは色々あって調べていなかったと町長は教えてくれ、声を上げて兵士を呼ぶ。廊下から兵士が入ってくると緊急依頼書を出してくれと頼み、机に戻ってそれを受け取ると判を押し兵士に渡す。
受け取った兵士が駆け足で部屋を出て行ったのを見送っていると、町長より大きな声で名を呼ばれ背筋を伸ばし返事をする。
「ギルドへ緊急依頼書を出した。現時刻只今を持ってお前は発見者として我らに協力するため、部隊の一員となり私の指揮下に入る。見たところ準備も良いようだからこのまま同行してもらおう」
元はと言えば自分が起こした騒動なので、帰って良いと言われても帰れる気がしなかった。一員に加えてくれると言われ内心喜びながら、町長の後に続いて部屋を出る。
「まさかこのような形でお前の実力を見る機会が訪れるとは、少し複雑ではあるが楽しみでもある。期待させてもらうぞ?」
屋敷の外へ出る時にそう言われ、町長がこちらを過大評価しているというのは嘘ではないと理解した。盗賊を倒しはしたが、無敵無双で思い通り! みたいな感じでここまで来てないんだけどな、と疑問を抱いたが無下にも出来ず、頑張りますとしか答えられない。
用意された馬車に乗り込みながら、ベアトリスのお兄さんや盾の持ち主の仲間を探すため、自分の秘密を知るためにも死なずに頑張ろうと気合を入れる。馬車は一路村へ向けて走り出し、窓から外を見るともう暗闇が支配する世界になっていた。
視界不良の中での戦闘は他を頼るしかないが、小さい頃から耳が良くこの前の雨の中での戦闘でも役に立っている。向こうでも園に居る時に泥棒が入った際に、いつもと違う物音に気付き物を投げて当て、追い返した覚えがあった。
元の世界とこの世界で一回ずつ役に立ったが、耳が良くてよかったと思うよりも聞きたくも無い話がいつも入ってきて、嫌で取りたいとさえ思ったことの方が多い。もしかすると嫌な目に遭った分、こちらでは大いに活躍するかもしれないと期待を抱き始める。
泥棒を追い返した時の話で思い出したが、あの時の要領で視界が悪い時は耳を澄まし、音を頼りに石を投げて命中すれば有利になるのではないかと思った。武器の数が少ないからなんでも使って生き延びるしかない。そう考えながら馬車に揺られていると
「町長、到着いたしました。自警団の者が出て来ております」
「分かった。ジンも降りてくれ。事情を説明しこちらも問わねばならない」
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