新たな依頼が始まりそう
「まぁお前さんの場合、まだブロンズの初級くらいだろう? さっさと級を上げて生き延びられたら、そんなもの簡単に買えるんだから頑張れ!」
「が、頑張ります!」
元気に答えたものの、生き延びられたらという言葉が心に重くのしかかる。ここから先はベアトリスの兄さんを探すため、盾の持ち主を知る仲間を探すため、そして何より元の世界に戻る方法を知るために、より危険な仕事を受けていくと決めていた。
抱えている問題を一つでも多く解決するためには、安全な荷物運びだけでは難しいと考えてのことだ。高い依頼を解決していけば注目度も上がるし、金銭を多く得られればそれを元手に依頼主として依頼を出せる。
先ずはそこに辿り着きたいなと思いつつ、ふと自分は元の世界に帰りたいのかという疑問が生じた。自分に問うもはっきりと帰りたいと言う返答は出来ないでいる。
元の世界の自分の国は比較的平和な方だし、コンビニもファミレスもあれば配達でご飯も日用雑貨も届く。対してこの世界はそれらすべてが無い。まだ少ししかいないが、洋服や建物を見た感じ中世ヨーロッパレベルだった。
住み心地が良いかと言われればなぜかとても良い。元の世界で言う田舎に来た感じがするだけでなく、空気も美味しいし食べ物を食べた時になぜか生きてるって気がする。環境的に盗賊やモンスターがおり死に近いかもしれないが、チートでパワーがアップしており資金を稼げれば、いい暮らしも夢ではない。
うだつの上がらないサラリーマンじゃ元の世界では夢も見れない、そう思うとこの世界も悪くはなかった。とにかくこれから死なないようにしつつ資金を稼ごう、頑張ろうと気合を入れる。
「お前さんが名を上げて御用達にしてくれたら、面白い奴紹介してやるから楽しみにしとけ」
「はは……」
親父さんのそういう系は今後要注意だ。二度もやられたから言うが裏があると思って間違いないだろう。愛想笑いに徹しているとベアトリスとマリノさんがこちらに来て、もう終わったのかと聞かれたので終わりましたと答えた。
二人は新品の皮の鎧を身に纏うこちらを見て、中々様になってるわねとかかっこよく見えない? とか楽しそうに話し始める。女性に見られながら好評っぽいことを言われるのは初めてで、年甲斐もなくどぎまぎしてしまう。
二人になにかポーズをと要求されたので、ここは少しでもカッコいいところを見せたいと考え、頭の引き出しを急いで開けていく。男らしさということで出てきたのは、以前動画で見たボディビルダーのポーズだった。
あまり待たせては駄目だと覚悟を決め、腕を上げて力こぶを作り力みながら歯を見せたところ、二人だけでなく親父さんまで爆笑する。こういうポーズをあまりこちらではしないのかなと思いつつ、なにか宴会芸をと言われたらポージングをしてみようと思った。
「こないだまではちょっと汚いオジサンだったけど、ようやく一人前って感じ?」
「そうなの!? 良かったねジン!」
「五月蠅いなぁ……ちょっと汚いオジサンで悪かったな」
「あらあらジンちゃんおへそ曲げちゃったのかな?」
褒めていたマリノさんが急にどう思っていたかを暴露し胸に刺さる。事実なので言い返せず腕を組んでそっぽを向いたところ、二人は子供をあやすように頭を撫でてきた。抵抗する気も失せたので二人が気の済むまで撫でさせ、心の中でこれからは身だしなみとかにも気を付けようと反省する。
「あんまりオジサンをからかうなよ! そろそろ帰るぞ」
「はーい! じゃあねマリノちゃん!」
「またねー二人とも!」
「頑張れよー!」
マリノさんと親父さんに見送られギルドへと向かう。入った瞬間からこちらに視線が向けられたが、やはり新しい皮の鎧は目を引くらしい。ちょっと自慢気になりすまし顔でカウンターに行き、受付をしていたミレーユさんに依頼書を提出した。
「お疲れ様でした! あら、遂に皮の鎧を手に入れたのね」
「はい! 御蔭様で!」
ミレーユさんからすれば別段珍しいものでもないだろうが、気付いてくれるのは嬉しいものだ。ベアトリスは嫌らしい笑いをしつつ肘で突いて来たので、たしなめるべく咳払いをする。新品の鎧は防御力が違いますなぁとからかうようにいったので、君も良いものを着てらっしゃると返し二人で笑い合う。
「私も着てるけどやっぱり鎧があると良いよね。安心感があるしこれからいろんなところに行けそうだしさ」
「だよなぁやっぱ鎧は良いね。ベアトリスのを見て余計に欲しくなったし、実際来てみると強くなった気がするよ」
「確かに勇ましく見えるけど油断しないようにね? 鎧だけど皮だから防御の面では厳しいし、メンテナンスしないと傷むの。今はまだブロンズの初級だから良いけど、上に行くには皮より上でないと命が危ないわ」
ミレーユさんは気が緩んだこちらを見て優しく諭し、裏へと一旦下がっていた。鎧を手に入れてはしゃいでしまったが、装備の面から見てもまだまだ冒険者初級だということだろう。危険が多くなるのだからはしゃいでいる場合じゃない、気を引き締めないと駄目だと思い直す。
気が付くとベアトリスがこちらをじっと見ていたので、どうしたのか聞くと別にと言って視線を逸らす。改めて二人で頑張ろうと声を掛けると、そっちこそどうしたのと聞いてくる。早く有名になってお兄さんを見つけたいな、と思ってと答えると急がなくて良いと言った。
どういうことか聞こうとするも、逃げるようにラウンジの空いてる席に移動し背を向けて座る。なにか悪いことをしたかなと思いつつ先ずは謝罪だと思い謝るも、こちらを見ずになにがと不機嫌そうに答えた。
さっきまで楽しそうにしてくれていたのに、急に不機嫌になったのはなぜだろう。理由を知りたかったが執拗に聞けば余計気を悪くするだろうと考え、カウンターの前でミレーユさんの戻りを待つことにする。
「お待たせ、これが今日の分よ」
「あ、どうもです」
「それと、次回から受ける依頼内容によってはギルドポイントを得られるようになるから」
「ギルドポイントですか?」
裏から戻ってきたミレーユさんから依頼料を頂くと、ギルドポイントなるものを言われ驚く。この世界にも仕事をするとポイントが付くのだろうか、と思いつつ説明を求めた。どうやらギルドポイントとは受けた依頼の評価でポイントが加算され、それを貯めていけば冒険者ランクを上げられると教えてくれる。
これまでも町に住む人からの依頼を受けていたが、冒険者でなくても出来る仕事なのでポイントは無しだという。ギルドには町の人では危ない対応し辛い仕事もある、というかギルドはそれが基本である。
二週間以上仕事をしても級がそのままなのはそのせいで、鎧を手に入れ盾もあるとなればギルドとしても、ポイントが付く依頼を回すし時には指名することもあるようだ。
「町長からも実は言われていたの、”ジンは何時いけるか?”って。貴方が奥様を助けたというのを町長は知っているし、遺体を運んだ兵士も知っている。町としては貴方を期待の新人として見ていたから、やきもきしてたみたいよ」
「そんなぽっとでの新人に期待するほど苦しい状況なんですか? 俺一応余所者ですけど」
「余所者だけど実力者なら町としても定住して欲しいし、そういう人間が増えてくれると町としても国としても助かるの。町長は目を付けたら簡単に諦めない人だから」
ミレーユさんはそう言ったあとで小さく笑った。綺麗な人が微笑むのは心が安らぐなぁと思いかけて頭を振った。期待してくれるのは有難い話だし、期待されたのは入社した時以来である。これはやるしかないと一瞬鼻息荒くなったが、気合を入れ過ぎて空回りし一か月で失望されたのを思い出し、気合を入れ過ぎず自分のできることを頑張ろうと思った。
「自分らしく頑張ります」
「それが一番よ。死んだら元も子もないんだから、それだけは常に忘れないで頂戴ね」
ミレーユさんにお礼を言ってベアトリスの分の報酬も持って席に行く。報酬を見たからか少しだけ機嫌がよくなり、二人でゆっくり紅茶を飲んでから宿へと戻る。新品の鎧をマリアナさんたちに見せたかったが、時間的にジョルジさんしかいないかなと思いつつ宿へ入った。
タイミングが良いことに丁度入れ替え時間だったようで、マリアナさんたちとジョルジさんたちに鎧姿を見せる。皆ミレーユさんと同じように期待してくれ、激励の言葉を掛けてくれた。気負わないようにと心の中で呟きつつ、皆さんに感謝をし頑張りますと答える。
「何か困った問題が生じたらこれで何時でも頼れますな」
「ギルドを通して頂ければ」
こちらの返しに対して皆楽しそうに笑ってくれた。笑いが収まるとマリアナさんたちはハグして宿を出て行く。いつもと違いどこかホッとしたような顔をしていたのが気になり、ジョルジさんが受付に一人になった時に聞いてみる。
少し言い辛そうにしていたが教えて欲しいと再度頼むと、皆元冒険者だからとても心配していたと教えてくれた。
「ジンさんは初めていらした時は布の服だけでしたからね。お話を聞いただけで強い方だとは思いましたが、軽装では万が一もあります。長年冒険者と接していると偶にあるのですよ、腕に覚えがあるからと軽装で盾も持たずに挑み、帰らなくなる人が」
ジョルジさんの言葉に頷きつつ軽挙妄動は慎もうと戒める。これからも気を付けますと答えようとした時に、ふと軽装で帰らない人で盾の持ち主のことを思い出す。ミレーユさんに聞く前にジョルジさんにも聞いてみよう。
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