暴走アリーザさん
アイシアがそう言うとアリーザさんは目を見開きロープを引き千切って飛び上がる。明らかに目を覚まさせただけじゃないのは明白だ。アイシアを見ると今度は前足で耳を掻いて誤魔化している。抗議をしようと思ったがその前にアリーザさんがケリを放ちながら下りて来た。
「頑張れー」
煽るように気の抜けた声援を送るアイシア。直ぐにこの状態が解消されないと自供しているようなものだ。
「アリーザさん目を覚ませ!」
覆気をしてから腕を交差し受け止めたが衝撃が凄く、このまま受け止めていると腕を持っていかれるので気を放出し弾く。篭手もあり覆気もしているのにダメージを殺し切れていない。師匠や司祭レベルのパワーがあるってことか。
「しっかり受け流さないと腕が潰れるよ? 知っての通り彼女の心臓は魔法によって生成されたもの。人間の時よりも全体的な出力は上がってる。恐らく康久の子孫はそれを知って教会で日常生活がおくれるレベルまで訓練を施したんだろう。彼女と彼らの努力に敬意を表したいね」
アイシアの説明を聞きながらアリーザさんの攻撃をなんとか受け流す。司祭相手に化勁の稽古を前日倒れるまでした御蔭でなんとかなっているが、体がなまって受けきれなかった。素早くしなやかで力強い攻撃は圧倒されそうになる。アリーザさんを攻撃できない以上、エネルギー切れになるまで受け流すしかない。
アリーザさんは武術の経験があるのかと思うほどコンビネーションが上手く隙がない。これもまさかアイシアを通して喋ってる奴の仕業じゃないだろうな。疑いを持ちつつも受け流して行くうちに動きのパターンが読めて来た。
足、足、拳というのが基本パターンだと考えしっかり見定める。アイシアが、ついに自分から動くか!? とか実況アナウンサーみたいなことをしていたが無視してタイミングを計っていく。アリーザさんは最短で攻撃することのみに集中し流れるように足、足と来た。
「っシッ!」
右拳が最短距離で顔面に飛んで来る。右手を向かってくる拳の側面に当てアリーザさんの右側へ回り込もうとすると、強引に右足で蹴りを繰り出して来た。これまでの無駄のない正確な攻撃が崩れた瞬間だった。苦しい体勢で放たれた右足を抱えたのを見るや即左足でこちらの頭部を狙ってくる。
それに合わせて右足を離し後ろに回り込み羽交い絞めにし手首で肩を動かしにくいよう固定した。アリーザさんは浮いた両足を反動を付けて後ろ蹴りして来ようとしたが、飛び上がりこちらの膝を太ももの裏に当てさらにこちらの足の裏をふくらはぎに当てて完全に勢いを殺す。
そのまま地面に不安定に着地しゴロゴロ転がったがやがて止まりもがきだす。こうなればしめたもの。攻撃をただ受けるより確実に速いスピードで体力を削ることが可能だ。
「相良仁選手の得意技である寝技に入りました! いかがですか? 解説のテオドールさん!」
「そうですねぇ相良選手は元々格闘タイプですからアリーザ選手が不利ですねぇ。彼のパワーと技術に対して魔法石による偽装心臓だけではどうにもならんでしょうねぇ」
犬と胡散臭い白衣が正座しながら並んで実況ごっこをしていた。テオドールまで出て来るなんて暗闇の夜明けは真面目にヨシズミ国を崩しに来てるのか!?
「おっと相良選手、すっかり忘れていた国の大事を思い出したようです!」
「彼からすれば国より嫁、ですからねぇ」
得意げな顔をするテオドール。上手いこと言ってやったみたいな顔してるけどなにも上手くないぞ。抗議したいところだがそんな暇はない。底なしかってくらいアリーザさんが暴れててこっちが下手すると先に限界を迎えそうなんだが。
「もうそろそろ良いんじゃないのか? テオ」
「そうっすね先生。よっこらしょ」
だらだら歩きながらこちらにくるテオドール。アイシアを通して喋ってる人物を先生とか言っていたが知り合いなのか?
「はい、お薬の時間ですよー。これは先生特製のものなんで効果抜群間違いなし」
「おい! なんだそれは!」
「人間の体に魔法石の人工心臓なんて無理やり入れて弊害がないわけないだろう? 自転車にメッサーシュミットのエンジンとプロペラをつけるようなもんだからねぇ。この薬はそんな負荷を逃がすための薬だ。私ではなく先生が調合したのだから間違いない……というか先生以外にこんなものは作れない」
プロペラとエンジンてことはメッサーなんとかは飛行機なんだろうし、自転車に付けたらそりゃ無茶だとわかる。だが果たしてその薬は本当にアリーザさんを救ってくれるのだろうか。信じきれないが他に手段も思いつかないので従う他無い。
生と死を捻じ曲げられてアリーザさんはここにいる。俺にはどうすれば正解なのかはわからない。いつか終わりが来るまで、できるだけ一緒にいるくらいしか出来ることが思いつかずにいた。
「さてジン、アリーザも大人しくなったことだし少し僕らとお出掛けしようか」
アリーザさんはテオドールが離れると徐々に大人しくなっていき、今やっと完全に止まった。拘束を解き横へ寝かせ呼吸を確認したが、静かな寝息を立てているのでホッとする。
「今度はなんだ? ヨシズミ国に戻って陛下の無事を確認したいんだが」
「この大陸から離れた場所にあるネオ・カイビャク、竜神教発祥の地の近くにある不可侵領域に行こう」
「そこになにがあるんだ?」
「僕らにもわからない。だがそこだけあの時代から妙な気を発し続けているから気になるんだ。一緒に来てくれたら君に対する貸しは全てチャラにするしプラスして望みを叶えてあげよう」
この世界を作ったという神すら知らない場所になぜ一緒に来いというのか。望みを叶えてやるまで言われると怪しまざるを得ない。
「何が起こるかわからないからこそ、その分高い報酬を提示したんだがどうかな」
「まるで詐欺師の手口だな、ワン公」
久し振りに聞く声がアイシアとテオドールの後ろから聞こえ、それに反応し二人は姿を消した。
「ようジン、久し振りだな」
「師匠!」
煙管を口にくわえ腕を組みながら二人の後ろに立っていたのは、風神拳を教えてくれた司祭やシスターの父親であり、ヤスヒサ・ノガミの息子であるゲンシ・ノガミ師匠だ。
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