開戦の握手を
「ジン様、お疲れ様です」
黄昏時の空を見上げながらぼーっとしていると、不意に声が掛かる。見るとイーシャさんが前から歩いて来て、さっきまでエレミアが座っていた席に着いた。何か頼むか尋ねると、同じものをと言われたので店員さんにお願いした。
「あの方は御婆様の妹さんですね」
「どうしてそうだと?」
「あの家の絵を見てジン様が可笑しな反応をしていたので不思議に思っていました。もう随分前に行方知れずになったのに、まるで見覚えがあるような感じでしたので。ギルドで行われていた今日の薬草学の講義を受けて確信しました」
真っ直ぐに見つめられながらそう言われ、誤魔化すのを諦め出会った時からの話をした。イーシャさんはそれを聞き終えると大きく溜息を吐く。
「申し訳ありません気を遣わせてしまったようで」
「いや、正直なところそんなことがあり得るのかわからなくて、どう話してよいかわからず話せなくて申し訳ない」
「仰る通りですね。私もお母様にどう話してよいかわかりません」
イーシャさんはそう言って俯く。イーシャさんのお母さんにとっては母親の妹であり、今わの際まで生きていると告げていた人物が生きていると知ったらどう思うか。しかもそれが多くの人を苦しめて来たと知ったら。
「話さない方が良いと思う」
「何故?」
「……これから戦うことになるのは間違いないしとても手加減できるような相手じゃないから」
先ほど卑怯な手だと思いつつも、イーシャさんたちを引き合いに出し思い留まるよう説得したが無理だったとも告げると、小さく笑ってイーシャさんは顔を上げる。
「ジン様にはお父様を始め家族皆がお世話になってしまって申し訳ありません」
「町長は元より奥様にもこの篭手を頂いた上にこの町で生きる切っ掛けを頂きました。イーシャさんも今や共に暮らす仲間。お互い支え合っていきましょう」
注文した料理が来たのでイーシャさんは食べつつ、二人で何気ない話をしながら夕方のひと時を過ごす。今回の戦いがどれくらいの規模になるのか想像もつかないが、なるべく日常が大きく変わらないようこの夕暮れをのんびり見れる日々が早く戻るよう尽力しようと持った。
ギルド長代行として毎日忙しく過ごし、エレミアも真面目に出勤し手伝ってくれている。悲壮感は全くなく、冒険者たちとの交流が楽しくなっているように見えた。ギルドの仕事も少しずつ改善し代行としての責務も果たせたと思う。
「ジン・サガラ様、ご苦労様でした」
ひと月過ぎようかとする頃に、やっとダンドさんが戻って来てくれてさらにヤマナンさんも体調が回復してお役御免となった。その際に皆お世辞で引き止めてくれたが笑顔で遠慮しギルドを後にする。
「ジン、私たちに周辺の警備の指示が出たわ」
この日は珍しくギルドに来ていないと思っていると、前から歩いて来たエレミアは真面目な顔でそう告げる。遂に時が来る。
「わかった。今からか?」
「いいえ明日からよ。お互い気持ち良く仕事をしましょう?」
差し出された手を躊躇なく握る。これは遊びの終わり、同僚としての別れの挨拶といったところだろう。殺し合う相手に対して律儀だなと思ったが言わずにおく。
「王を取るか取られるか、だな」
「どうかしらね。少なくとも私の目的はそれじゃないし。じゃあ明日ね」
軽い調子で言いながら去っていく。いよいよ明日からこの国の未来を護る為の戦いが始まる。一手のミスも許されず、相手を確実に退けなければならない。そう考えるだけで胃の辺りが冷たくなるかと思いきや、体が熱くなり叫びたくなる衝動にかられた。
相手の数も力量も完全にはわからないのに高揚するなんて……いつから戦闘狂になったんだろうか。流石にこのままでは帰れないし近くで暴れることも出来ない。どうしようか考えながら歩いているうちに、いつの間にか教会の前に来ていた。
「おや、こんな時間に珍しいお客さんですね」
「御無沙汰してすみません。久し振りに稽古を付けて貰いたくて」
「良いですよ少し待っていてください」
丁度入り口前で掃き掃除をしていたティーオ司祭は俺が声を掛けるとそう言って中に入った。冒険者としてなんとか活動で来ているのも、司祭に鍛えられたからと言う想いがあるからここに自然と足が向いたのかもしれない。
少ししてから出て来た司祭は夜の祈りの時間はシスターに任せたと言い、司祭と二人中庭に移動して夕焼けを見ながら綺麗に整えられた庭の真ん中に立つ。
「明日は大一番の始まりでしょうから、しっかりチェックしないといけませんね」
「……わかりますか?」
笑顔で頷く司祭。いつもと違う時間に久し振りに来れば異変に気が付くよな。
「さぁ、先ずは言葉より武を見せてくだい」
「はい」
覆気してから司祭と右手首を合わせ呼吸を合わせる。
「シッ!」
先に動き左拳で司祭の顔面を狙う。あっさりと左腕を側面から押され逸らされると同時に打ち込まれ、それを半身で避ける。円を描くように回り始め隙を窺う。
「気が高ぶり過ぎて粗いですね」
「どうも上手くなくて」
「……誰しもがいつかは死ぬ。その運命からは逃れられません。私たちも寿命が長いだけでそれは変わらない。誰がいつどこで死ぬかなんて誰にもわからないし誰かのせいではありません。だからこそ」
風が流れる様にあっという間に腕を取られバランスを崩され放り投げられ空を仰ぎ見る。凄まじい力を感じたわけじゃない。まるで倒されるのが自然だったかのようなあっさりさに笑う他無い。
「全力で事に当たりなさい、ジン殿。私たちはちっぽけで弱くて吹けば飛ぶような存在ですが、最後まで諦めなければ何か掴めるでしょう」
「はい」
相変わらず弱い自分を認識し、高揚が弱い自分を自分自身で奮い立たせようとしているものであるとなんとなく理解した。司祭の有難い言葉を胸に明日は駆け抜けようと気合を入れたが、その後も稽古は夜遅くまで続き、家に辿り着くと同時に気を失った。手加減してくれ司祭。
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