新たな闇
「女性に対してはなるべく丁寧に対応したいと思っているよ」
最近は、と心の中でそう付け足す。後方の地獄は自分に何か対応の甘さがあったからに違いないと思っているので、気を付けて行こうと考え始めていたところだから嘘じゃない。
「良い心掛けね。貴方が丁寧に対応してくれたから、それに敬意を表して今日は去るわ」
「感謝します」
「ふふ……爵位を貰った程度で人が変わるとは思えないから元からそう言う気質の人なのかしらね。嫌いじゃ無いわよ貴方。思っていたより嫌な人じゃないようで良かった」
「そんなに嫌な人と言う話が?」
「一部でとても恨みを買っている、そう言えば分かるでしょう?」
心当たりは一つしかない。こんなにも堂々と宣戦布告をしてくるとは……闇に紛れて動くってのはもう返上したんだろうか。
「テオドールが動いたから今度は私。俄然貴方に興味が沸いたわ。是非頑張って頂戴ね」
微笑む少女に対し苦笑いしか出来ない。こちらの手の内を向こうは知っているだけでなく、戦いになっても可笑しくないのに正面切って単身敵の前に来るとなると、ここに居る全員を相手にしても問題無い何かがあるのだろう。
相手の手札が見えないうちは向こうが攻撃を仕掛けてこない限り避けたい。相手も戦うは戦うが無理にここで戦おうとしていない以上、適当な会話をして乗り切ろう。
「シッ!」
当たり障りのない会話をしようと思った瞬間、それまで黙っていたルキナが突然腰に佩いた剣を抜きながら前へ飛び込み薙いだ。相手も不意を突かれた筈なのに、視線すら向けずに微笑んだまま動かない。刃が少女の胴を捉えるかと思われたその時、ピタッと止まる。わざと止めたのではないのはルキナの力んだ顔を見れば分かる。
「お兄さんいけないわ、紳士じゃないのね」
「お前たちに対してこれでも随分紳士だがな」
「他人の事は言えないけど不意打ちは紳士的な行為とはかけ離れている。態々お父さんの名前を名字にしているのにそんな振舞をして良いのかしら。元不死鳥騎士団団長フェリックスの息子、ルキナ・フェリックス」
ルキナたちの名字は知らなかったが、お父さんの名前を名字に据えたなんて初めて聞いた。父の仇を必ず討つという決意の強さが窺える。
「貴方と妹が嗅ぎまわっているのを私たちが知らない訳がないのに、無事だったのは何故かしらね」
「名字を親父の名前に変えたのも調査済みとは恐れ入る。見逃してやってるんだから恩に着ろとでも?」
「いい気になるなってことよ、お坊ちゃま」
にやりと口元だけ笑う少女。嫌な予感がして咄嗟にルキナを掴もうとしたが遅く、あっという間にルキナは右の森の中へ吹っ飛んで行ってしまう。誰かが居た訳でもないのに何が起こったんだ?
「あら、魔法は初めてかしら?」
「魔法を使ってルキナを吹き飛ばしたのか」
「そうよ。それ以外に説明が付くものがありそう?」
動くこともせずに刃を止めたり吹き飛ばしたりするのを、魔法以外に出来るとすれば後は超能力くらいか。魔法と同じく構えも詠唱も無くやってのけたのだからその可能性も否定出来ない。今度もまた厄介な相手だなぁ。
「ひょっとして超常現象とか言う不愉快な物で片付けようとしてるのかしら? だったら良いわ、特別に実体化させてあげましょうね」
少女が手を上げるとその背後の景色からぬぅっと流体金属が人の形を取っているようなものが現れ、右手で少女の手首を掴み少し浮かすと足元に左掌を持ってきて乗せる。こうやってこの山を越えて来たなら合点がいく。
「私のお友達の美しき女神よ」
「神様が余程嫌いらしいね」
「……神様なんて何処にもいないわ。居るなら呼んでごらんなさい? 悪人の私に裁きをと願いなさい? 居るなら裁かれることでしょう。私が他者をどれだけ踏み潰してもこうして元気に楽しく生きて居られるのは、平等を謳う神からすれば不平等な存在だもの。是非神によって裁かれたいわ」
どうやらこの子に対して神様は禁句らしい。口元は笑みを浮かべていても目は座ってらっしゃる。
「どれだけ踏みにじろうとも一向に裁いて下さらないのでそのうち潰す相手を失ってしまいそうで悲しいわ……」
「竜神教を亡ぼすには大分手を焼きそうだけど」
「さてどうかしらね。シンラの存在を見れば竜神教も一枚岩とは言えない」
「人間教は良いのか?」
「私って差別しないのよ。神様なんて拝む連中は何だろうとその現実を知ることになる」
「人間教にも神様が居るのか」
「あら知らないの? あそこの神様は何とヤスヒサ・ノガミよ」
……マジかよ異世界人が神様に祀り上げられるとか冗談にも程がある。
「まぁ嫌がらせみたいなものよ。偉業が凄くて人間離れしてるのはあるし、ブラヴィシという竜を拝んでいた頃の竜神教の不正を正し世界を変えた人物だから祀り上げてもおかしくはない。ただ人間教の真の狙いは、敢えて別の宗教の神様にしてやろうっていうのとお前たちも同じ目に遭わせてやるぞって決意表明みたいな感じ」
亡くなった人間を使ってその子孫に嫌がらせとがどんだけ性根腐ってるんだ。宗教に対して思うところはあるが、ここまで碌でも無いのは中々無いだろう。
「ヤスヒサ・ノガミ自身、部下にも嫁にも人間族以外が居るのだから人間教としての神としては不適当だから、彼の評価を下げる目的もあるのかもしれないわ」
「実にくだらないな」
敵が分かり易く擁護しようがないと思える相手なら迷いは一切ない。王を護り国を護る為に全力で戦うだけだ。
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