宰相の宗教
「大丈夫か? シシリー」
「だ、駄目。中に居るとメンタルをごっそり削られる……。あの子たち笑顔で楽しそうに話しているように見えるけど、中々の剛球を投げ合ってるのよ。正直あれだけ精神的にタフなら魔法使いにでもなった方が良いわ」
シシリーはゲンナリした顔で深い溜息を吐くと定位置に戻っていく。鎧をそろそろ脱ごうかと考えていたがお預けになってしまった。
「見るまでも感じるまでも無く地獄のようだな」
「取り合えず外側を綺麗にしていこう。中に入りたくない」
テラスの掃除を終えるとルキナと共に庭部分を見るが、イーシャさんが言うように庭の手入れは完璧ではないけど行き届いており、井戸も蓋がされているだけで使えるようになっている。点検をしても滑車もきちんと動くしロープも問題無い桶もバッチリだ。取り合えず雑草が気になったので二人で簡単に手入れを開始する。
「良い家を貰ったなぁ流石子爵」
「子爵って言ってものんびり構えてらんないよ。この国じゃ王族ですら働いてるんだからな」
「シビアだよなこの国は。上流階級はその働きによって保護されるのであって駄目なら降格と追放だもんな」
「他は違うのか?」
「全く違う。爵位を貰えば基本的に国家反逆罪級の犯罪を犯すか国が亡びるかしない限り、子々孫々に至るまで安泰だ。寝てても食える」
「条件が緩すぎて貴族王族はやりたい放題じゃないのか?」
「そう言う国は逃げ出す連中が多くて国境付近の関所を厳重にしているから、商人や旅人の間で”関所を見ればその国が分かる”って言われてる。お前も外に出る機会があるなら気を付けた方が良い。そう言う国は入るのは簡単でも出るのは難しい」
この国はヨダの村の西に関所があるという。そして隣国の関所に詰めている兵士は自国民にのみ厳しい検閲を行っているようだ。そうなるとヨシズミ国のような裕福な国を取りたくなるのも分かるが、取ったところで自分たちの圧政が原因で悪化しているのだから変わらないだろうなと思う。
ルキナと雑談しているとあっという間に終わり、裏庭に移動する。納屋が二つあって、馬小屋まで完備。改めて凄い良い家を貰ったなぁと感じる。
「立地的にも中々良いな。だがこうなるといざという時に王族の避難所として没収されたりしないのかね」
「今の王様ならしないだろうし、しても代金は貰えるだろう」
「それは重要だな。今宰相が頑張って隣国とかから人を入れ込んでる。王様は簡単にはやられないだろうが油断は出来ない。お前を子爵にしたのだって味方に力と人気がある奴を入れて相手にアピールする狙いがあるんだろうしな」
「……宰相の宗教って何だ?」
「人間教」
人間はこの星のヒエラルキーで下から数えた方が早い。一番上に竜が居て恐竜や大型獣に亜人種も居り、その上未開の地が未だに多く存在している。下がりはしても上がるのは難しい。人間教とはその弱い人間と言う種族は肩を寄せ合い全てを分け合い生きていかなければならないという教えが基盤だとか。
お金持ちは貧乏な人に、景気の良い国は悪い国に与え同程度の富を継続して維持する為に現在は活動しているようだ。宰相がヨシズミシープをエダンを利用して他国へ持ち出し繁殖させようとしていたのも、この活動方針に即したものだと考えれば合点がいく。
持ち出しても繁殖に失敗しエダンも倒れてしまったので、新たな策を講じるべく仲間を他国から引き込んでいるのだろう。想像したくないが国王を一時的にでもどうにか出来ればその間に外へ流すのも宰相なら出来る。元貴族連合の残党や与しなくとも国王に反感を抱く者たちを動かすくらい造作も無い筈だ。
「いよいよ動くぞってことか」
「その通りだ。第一あの宰相が宗教を信じるタマか? 宗教を基盤としたいなら竜神教を使った方が断然楽なのに」
そこまで露骨に牙を剥いても勝てるという自信が宰相にはあるのか。まだ貴族になったばかりで上は分からないが、それほど自信が持てる戦力があるというなら確認しておきたい。
「こんにちは」
可愛らしい声が裏庭の先の柵の向こう側から聞こえて来た。見ると緑のとんがり帽子に緑のローブを着て、胸元にはルビーと思われる宝石をはめ込んだネックレスと付けた背は百五十くらいでソバージュそばかすの少女がこちらを見ている。
パッと見は魔法使いの格好が好きな少女に見えるが、体の周りの空間がうっすらと揺らめいて見えた。よく考えればあの子の後ろは山へ続く道で、更にその後ろにはヨシズミ国自慢の天然の要害がある。こっちに来てパワーアップした自分でもあんな山を登るのは至難の業だ。
今は戦闘状態に入れるような状況じゃないのでここはなるべく刺激しない様に対応しよう。
「こんにちは、何か御用で?」
「ここに魔女が住んでいるって聞いたから尋ねに来たの。居る?」
「以前住んでいた方は亡くなりました。それで私がこの家を頂きまして」
どうやらこの少女は以前住んでいたイーシャさんの御祖母さんの話を聞いて尋ねて来たらしい。知っている情報を伝えると、少女は口に手を当ててくすくすと笑い始める。
「何か変な話をしましたでしょうか」
「こんな子供相手に丁寧に話すから可笑しくて。それとも野生の勘かしら? ヨシズミの英雄さん」
笑うのを止め微笑みながらそう言う。幾らなんでもこんな少女にまで知られている筈はない。一体何処の者なんだ?
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