結婚の申し込み
中に入ると丁度夜の礼拝の時間らしく、この町の信者たちが集まっている。そこには老若男女集まっていて竜神教と言うものが実在する宗教なんだと実感した。これまで数名の信者さんがこの建物を掃除しに来ているのを見たり、病棟でお世話する人を見たりしたことはあったがここまでの人数を見るのは初めてだったので驚く。
「ティアナ、ベアトリスとルキナに礼拝の仕方を教えてあげて下さい。偶には別の文化に触れるのも勉強になるでしょう。その間にジンとの話を済ませてしまいますので」
「分かった」
「え、そう言うの良いから」
「良くないよ、亡くなった人の為に一度くらいお祈りしておけ」
シスターも分かっているのか強引にベアトリスを連行して行ってくれた。ルキナもそれに慌てて続く。だがとても強引にベアトリスの腕を引っ張って移動していて何があったのかと心配になる。ベアトリスもかなり抵抗しているがびくともしない。周りの礼拝しに来た人たちも驚いてざわき始めた。
司祭は事情を説明し、個々に礼拝を続けて下さいと告げた。皆不安そうな顔をしていたが長椅子に座り静かになる。
「モテるのも中々大変ですね」
「何の話ですか?」
こっちを見て苦笑いする司祭に対しよく分からないので問うも、無視してそのまま病棟へと向かってしまった。モテる人物と言うのはこんな方法で結婚しなくても良い人のことだよなと思いつつ慌てて後を追う。
「そう言えばジンはこの国にずっといる予定ですか?」
歩きながらそう問われて言葉を無くす。当たり前に過ごしていつの間にか爵位まで頂いたが、ずっとここに居る気が何となくしないのは何故だろう。生まれた家から園に移りそこから十五まで過ごした後、特待生として寮のある高校へ進学し卒業して社会人になった。ずっと他人の場所にお邪魔している気がして落ち着いたって思った覚えが無い。
それは今もずっと続いていて。何処か別の世界に行けば落ち着くのかと思ったけど全くそんなことも無かった。正直眠れるだけで十分だと思っている。今更ではありますが、特技はどんな体勢でも寝れることです!
「何時か機会があればシャイネンにも来てください。我々の本部もありますが発展具合はここよりも凄いですよ」
「ええ、何時か」
恐らくそこにはヤスヒサ・ノガミの子孫たちも居るのだろう。となると元の世界に帰る方法があるとすればシャイネンなのかもしれない。そんな凄い場所なら色んな情報も技術も、何より魔法の本場だし前に探そうとしていた御爺さんも居るんじゃないか?
「シャイネンには大きな図書館もあります。私たちは書籍を読むのは好きではないのですが、貴方が懸命に探せば知りたい本もあるかもしれない。何しろヤスヒサ・ノガミの妻であるラティ妃が後の世にと立てた物なので」
とてもそそられる話だ。機会を作ってシャイネンに行って見たいがここからだと何か月掛かるか分からないのからどうやって行こうか迷う。
「私たちと行くならそんなにかからず行けますから、是非気が向いたら声を掛けて下さい。さ、アリーザ殿の部屋はここです。町長や私から国の対応に関して逐一報告してありますので、ジンが話す内容には驚かないでしょう」
こちらの悩みを見透かしたようにそう言って司祭は去って行った。少し気は楽になったがそれでも緊張する。急に頭の中に初めて会った頃の場面が浮かんで来た。アリーザさんは美人でカッコ良く強い人だ。国さえ残っていたら、こんなところで良く分からんおっさんの嫁になることなどなかっただろう。
勿論何れは自由に生きて貰うが、一時とは言えおっさんと夫婦になるアリーザさんを思うと複雑な気持ちだ。その上家族すら知らず居ない人間のところへ嫁ぐのだから難易度ハードどころじゃない訳で。
「ジン殿、いらっしゃるのですか?」
ぐだぐだ考えてても、状況は一刻も予断を許さない。自分を憎んで貰っても構わないと覚悟を決めてノックをしようとすると、中からそう問う声が聞こえて来た。
「はっ……はい!」
声が裏返ってしまい、顔が熱くなってくる。とことん格好悪いな……少しくらいマシなところは無いものか。
「どうぞ」
そう言われ大きく深呼吸し、改めてノックをした後中へと入る。部屋の中は暗く窓が開けられていてそこから差し込む月明かりだけだった。
「今日はあまり灯りを付けなくても良いかなと思って」
アリーザさんは優しく微笑む。その美しさに飲まれそうになり答えに頭が回らない。そんなこちらを見て口元に手を当て小さく笑う。誤魔化す様に後頭部を擦りながら空笑いをしたが、そう長く続く筈もない。
「あーっと、少しお話しても宜しいでしょうか?」
「変な言い方ですね。ジン殿とは何時でも会話したいと思っていますよ。相変わらずお忙しそうですが」
い、いかんあまりの美しさに動悸が酷くなる。そんな優しい綺麗な笑顔を見せないで欲しい。心臓が飛び出て来そうだ。えっと何の話をしに来たんだっけ? そう思いながら自分の頭の中の引き出しを乱暴に開けまくる。
だがさっきまでしようとしていた話の順番は散らかった服のようになり頭の中の自分が地団駄を踏む。これは終わった。頭の中が真っ白になり気を失いそうになる。堪えろ自分! 最初に出会った時みたいに格好悪い感じでは駄目だ成長しているところを見せるんだ!
「け、結婚して貰えませんでしょうか」
「はい」
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