ヨシズミ国ときな臭い話
「おう! 今回も派手に国を守ってくれたそうじゃないか!」
「え、地味じゃないですか? ……し、失礼いたしました! 陛下におかれましてはお変わりございませんでしょうか?」
シンタさんが瞳孔をかっぴらいて口を半開きにしてみるので素早く敬礼した後で傅きながらそう挨拶すると、陛下はゲラゲラ笑いながらそう言うの良いから座れと促された。シンタさんをチラ見するとゲンナリした顔でこちらを見ていたが頷いたので、失礼して向かい合う様に高そうな本革のソファに座らせてもらう。
「理想の動きをしてくれて感謝する。事件になる前に事前に潰せたってのは実に素晴らしい。あのままこの国まで来てたらヨシズミシープを税金で飼育している現状に待ったが掛かったのは間違いない」
ヨシズミ王はそう言いながら目を座らせた。まさかとは思うが誰かがエダンを唆し、ああなるよう仕向けたのか? だがそんな真似をして得をするのはこの国の国民以外だ。この王様がそんな者簡単に入れるとは思えないが。
「一部ではヨシズミシープはヨシズミ国だけのものではない、自然や神からの贈り物だから独占を止めて広く繁殖させるべきだという声もあります。そうすればブランドは無くなり価格競争が起こって安くなりますからね」
「気軽にされちゃ困る。ここまでだって平坦な道のりじゃなかったんだ。イシワラの家は男系が短命であったが懸命に世話をするだけでなく研究も重ねて来て、エダンの前の当主の時にやっと大量の輸出にも応じられる頭数を確保出来る体制が整ったんだ」
ヨシズミシープには国民の税金だけでなく、イシワラ家の人生と魂が注がれている。その重さを分かっているからこそエダンは死刑を免れたしそれを受け入れた。確かに自然に生息していたヨシズミシープを偶然見つけたイシワラ家初代妻だが、人々が多く利用できるまでただ飼っていた訳ではないと陛下は言う。
全てを賭けて作り上げたノウハウを何もしていない者たちに提供するというのは厳しい。何より他の国にはその国の強みもあるだろうし、ヨシズミシープ解禁と言うならそれも解禁しろとなる。それが無いなら話にならないとも話す。
こちらが先に解禁すれば相手も解禁するなんて言う理想が実現するなら世の中に戦争は無い。結局弱肉強食の原理が牙を剥いて襲い掛かってきて、弱い者がただ蹂躙されるだけ。地の利を生かして内政を充実させ、帰属意識の高い者たちを積極的に受け入れて物心両面で厚くした。
そう言い終えると大きく息を吐いて、後ろに控えていた金髪でサガくらいの年齢の従者にお茶を用意するよう頼んだ。笑顔で一礼し部屋を出ていく。
「世界平和、全民平等は大いに結構。だが戦力を放棄し国民が積み上げて来た技術を無償で開放する、そのような行為を率先してやるつもりは毛頭ない。他が応じなかった場合誰が責任を取ってくれるんだ? 滅ぼされ毟り取られた後に何かされても最早取り戻しようもないでは無いか」
陛下は恐らく呪いに囚われし羊の件を聞いて色々調査を命じ、自身でも調べたのだろう。いつも厳しめだが大分ヒートアップしているのが見て分かる。以前からある陛下とその政策に反対する者たちとの軋轢は今や大分深くなっているのかもしれない。
「そんな雲をつかむような理想の世界を叶える為に、大事な民を危険に晒せない。俺は地に足を付けて生きる民を護る為に存在しているんだ。仮に奴らの理想が真実なら、それを唱えている奴らが真っ先にやるべきだろう?」
ヨシズミ国が長年敷いて来た政策である戦力を拮抗させて戦を起こさせない、という方法は実に有効だと考えている。そしてそれがあるからこそ周辺の平和も保たれていると思うと陛下は自身を持って言う。シンタさんも頷き同意する。
「天然の要害を擁し籠城にも耐えられるような体制を作った事で、他国も争えば勝とうが負けようが我が国の利益になるのを恐れて大きな戦はここ百年ありませんね」
「我が民の血と汗と涙の結晶だよ」
部屋を出ていた従者がお茶を人数分持って戻って来た。置き終え陛下が先に口にしたのを見届けてから頂きますと断り一口含む。そう、天然の要害はどうしようもないにしても、籠城に耐えられるような体制を崩すのは何とかなる。ヨシズミシープの件に関しての真の狙いはヨシズミ国の財政を悪化させるのが狙いだろう。
弱体化させられれば戦争が起こっても動けないし、さっさと周りを取ってしまえばそのまま封じ込められる。そう言えば近くに不死鳥騎士団の砦があったが、ひょっとするとあれを潰したのもその足掛かりを狙ったのかもしれない。
嫌だなぁドンドンきな臭くなってくる……。のんびり冒険者家業をやりつつ商売を始めたいのになぁ。
「流石我が国の勇者! 色々察しているようだな!」
「いいえ何も」
「お前もこの国の一員だしこの国の安全や便利さを享受している筈だ。だのに国家の危機に協力しないなんて言わんだろう?」
「それは勿論……」
「まぁ今直ぐ何かが起きる訳じゃあないし、お前さんは何もしなくても国家に自然と貢献してくれているから命令したりはしないから安心してくれ。そして褒美も期待してくれ」
何か一瞬嫌な予感がして背筋がゾワッとしたのは気のせいだろうか……いやこういう場合はきまって気の所為じゃない。ハッキリ言っておかねば。
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