我が心にも雨ぞ降る
それを救わんと森から黒い気を纏った大型スズメバチが大量に突っ込んで来た。糸が体に巻き付いているが蜘蛛の巣を破壊してこちらにきたとなるとかなりパワーアップしているのは間違いない。
アリーザさんもアラクネも大分疲弊し肩で息をしていて限界が近い。ここは寿命を縮めても連続して風神拳を打って押し返す! 大きく深呼吸をしてから目を閉じ覆気をしながら構える。
「あっ……本当に降った」
シシリーの声に目を開け空を見上げると、ぽつっぽつっと水の球が落ちて来た。それは徐々に数を増しやがてサァッという音を立てて世界を濡らしていく。アンナさんとクライドさんが言ってた通りになって驚きながら周りを見ると、出て来た大型スズメバチたちは雨に濡れながらも戦おうとしていた。しかし羽や体が水に塗れてしまい、やがて地面に這いつくばり森へ逃れようとしたが叶わず力尽きていった。
「何故だ……何故神は私に味方してくれない……私はあんなに酷い目に遭ったというのに何故……」
「現在進行形で酷い目に遭わされているならまだしも、今は違うんじゃないのか?」
「どういう意味だ」
「お前がそうなった原因である男たちはもう居ない。そして今日まであの一族の男は短命だった。神様が居たとして、悲しみを汲んでやるにしてももう長すぎるだろう。もうお前がされた以上の酷い事をしてしまっているんだ。それを認めて逝け」
「わ、私があの男たちと同じだというのか……この私が……」
放心状態になり体を横たえ地面を見つめる呪いに囚われし羊。最早戦う気力を失ったのは間違いない。このままにしておくのは残酷だと思い、止めを刺すべく風神拳の構えを取った。この大地この星に、一滴の恨みも残さぬよう一思いに吹き飛ばす為に全力で覆気をする。
「待ってください!」
可愛らしい声が雨の音をも押しのけてこちらに届いた。気力を失っていた呪いに囚われし羊はその声の方向を向きジッと見ると次第に目に光を取り戻していく。これは不味いと感じ急いで気を放出し右手に集中させる。
「ジン、少し待ってくれ」
「クライドさん……」
風神拳を放とうとした瞬間、左側にクライドさんが現れた。雨が降ると言っていた人が雨具も着ずにいたので驚いたが、更に驚いたのはその隣にアンナさんがいたことだ。その更に奥の森にはアンナさんの頭に居た鳥やヨシズミシープたちが心配そうに見つめている。
何とか二人にバレないように事件を解決しようと思ったがバレてしまったらしい。苦笑いをしながら目を閉じ頷き、風神拳の構えと覆気を解いて二人に預けた。
「貴方が私の家に呪いを掛けていたんですね」
「……恨むが良い蔑むが良い。お前の祖父や曽祖父も私の呪いによって早死にしたのだ。そしてこれから私はヨシズミ国も壊しに行く。それで一族の呪いは全て御終いだ」
「ごめんなさい、それはさせられない」
「何故だ」
「あの国には私の愛する家族と家があるからです。例えこの身を犠牲にしても私は家族を護ります。母や祖母、いいえ初代妻リーサ様からずっとそうしてきたのだから」
アンナさんは呪いに囚われし羊の顔の前まで行き、いつもより力強い声ではっきりと答えた。何かされないか一瞬心配したが、その斜め後ろにはアンナさんの為の最強の騎士が居るので余計なことをするのは野暮だと考え、その場に留まりこの事件の結末を見届ける。
「あの国とていつお前を裏切るか分からないぞ?」
「そうしたら移住します。これでも私、小さい頃よりもとっても強くなりましたから」
アンナさんは両手を握り腕を立てて答える。少し震えているように見えるのは強い雨の所為だろうか。
「羊たちはどうする?」
「みんな一緒に来てくれます」
アンナさんが視線を送ると、雨宿りしていたヨシズミシープたちがアンナさんのところへ駆けて来て、周りを護る様に囲みながら呪いに囚われし羊をしっかり見つめる。それを見て呪いに囚われし羊はほんの一瞬小さく微笑んだ後、口を広げて噛みつこうとした。
直接戦ったからわかる。この速度は本気じゃない。だけど攻撃してない訳でもない。飛び出して止めても良かったが、視線が来るなと言われた気がして踏み込めなかった。
一筋の迷いない太刀筋がその顔を切り裂く。そしてアンナさんを護る為ヨシズミシープたちも体当たりをして弾き飛ばす。黒い血を吹き出しながら地面に再度倒れ込む呪いに囚われし羊。だがその表情は何処か満足げだった。
きっとこの終わり方が一番最善だったのだろう。逝く者も見送る者もある程度納得して終われるのだから。こうして呪いに囚われし羊となった者は静かに息を引き取る。呪いも恨みも国の破壊も、全てはこの冷たい雨が洗い流してくれるのを願いながら静かに幕を閉じていく。
「何か一人空回りした気分だなぁ」
「仕方ありませんよ今回は急ぎでしたからね。ジンは今回きちんと兵士にお願いしてギルドへ連絡も入れています。そのお陰でクライド殿たちにも話が行きましたから」
司祭は白地に金の装飾が施されたローブのフードを被り横に来た。本当に良いところに来てくれて有難い。でも何故ここに来てくれたのだろうか……呼びたいとは思っていたけど。
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