大型スズメバチ亜種
「では後は頑張ってくれ給えジン・サガラ君。彼をここで止めないとひょっとすると他にも大型スズメバチ人間なんてものが生まれるかもしれない」
「冗談にしては悪質過ぎる」
「これは新たな時代の新たな試みだ。世界は脱皮の時期に来ている。それが良いか悪いかは今を生きる僕らには分からないがね。まぁその夜明け云々の前に目の前のアレをどうにかしなきゃならんが、シンラ曰く魔法が分かればアレは解除出来るらしい。遺伝子結合と言う提案を僕は彼にしたがまさか出来るとは思わなかったよ。まさにおとぎ話みたいだろう?」
「魔法か……」
魔法と言ってもこの中に魔法に詳しい人間はいないし……司祭に一声かけて来れば良かった。今更後悔しつつもヒントを貰えないか問いかけようとしたが、考えている間に男は森の手前に移動してしまう。
「また会おうジン・サガラ君。私の名はテオドールだ。今後とも御贔屓に」
そう言って手を広げると幽霊のように、ぼぅと浮き上がりそのまま森の中へ吸い込まれるように消えて行った。御贔屓にはしたくないが彼の御蔭で分かったことがある。それはシンラが確実に生きているということだ。
「もう大丈夫かしらね。ジンにはお礼を言わないと」
「そうだな……ジン、有難う」
「二人ともお礼は後だ。取り合えずあの化け物を何とかしないと」
エダンこと大型スズメバチ亜種は高笑いをし始めた。その間にアラクネに視線を送ると森を見たので一緒に見ると何かが動いていた。ここまで運んでくれた巨大蜘蛛に何か指示を出していたし、集結中なのだろうと察して時間稼ぎを試みるべく大型スズメバチ亜種に問いかける。
「何が可笑しい?」
「実に清々しい気分だ。何もかもから解放され私は今絶好調である」
「人間の時より痩せたからか?」
「面白い冗談だ。その身をもって知ると良い」
面白かったらしく笑い声をあげてからそう答えた。見れば他の大型スズメバチに比べて頭は大きく首は太くて喉仏がある。魔法を使えばこんないびつな真似も可能だと思えば竜神教が魔法の使用を制限したくなるのも当然だ。
自分が知らない間に呪いを移されたり掛けられたり、更には種族まで変えられる可能性があるなんて許容出来る者が居る訳がない。そして最悪なのが支配層がこれを利用すれば民心のコントロールも容易くなる。だから暗闇の夜明けと組んだり庇う国が出てくるんだろうな。
「その前に聞きたいんだが本当に気分は悪くないか?」
「全く悪くないぞ最高だ」
「十五÷三は?」
「五だ。その問いに何の意味がある?」
「いやぁ大型スズメバチの頭のサイズに合わせて脳も変わったのかなと思って」
「全く変わらないぞ? 全て覚えているし誰を倒すべきかも忘れていない」
「じゃあアンナさんに呪いを移したのも、あの子がアンタの代わりに死ぬというのも覚えているんだな?」
こちらの問いに、体を揺らし羽を動かしながら余裕で答えていた大型スズメバチ亜種の動きがビタッと止まる。これは少し意外だった。理想の為なら娘などどうでもいいと割り切ってそうしたのだろうと思っていたからだ。両親ですら斬られて当然と答えた男だと聞いていたが、やはり娘となると違うのだろうか。
以前大型スズメバチと戦闘したがあれも不意打ちに近かった。今回は真正面から、しかも魔法で誕生した大型スズメバチ亜種に率いられた状態で戦う。真正面から戦った場合どれだけ苦戦するか想像もつかない。
数は減ったとは言えやはり依然としてこちらより数は多い。森の巨大蜘蛛たちもアラクネの話からして数は期待できないし、何より森ではなく開けた花畑での戦いだから蜘蛛の巣も使えないので相手の方が空も飛べて分がある。
とても気は進まないが一人でも多く生き残る為に彼の弱点と思われる部分を刺激しよう。そう覚悟を決め、いつの間にか俯いてしまった顔を上げる。
「でも良かったじゃないか、お前の望み通り位の高い貴族に嫁げて」
「黙れ」
エダンの目の色が赤くジワリと染まる。
「王の覚えも良く宰相に指名された相手に嫁いだのだから、お前の命も助かったのだし先祖にも申し訳が立つ」
「黙れと言っている」
俯き体が揺れ始めた。
「父親の罪を文字通りその身を捧げて拭い死んでくれる娘なんて良い子じゃないか」
「キアアアアアアアアア!」
威嚇するように体を大きく開きながら顔を上に向け金切声を上げる。アラクネの方を見ると首を横に振る。まだ招集には時間がかかるらしい。
「さぁ始めようか……掛かって来い人外の化け物め! ヨシズミ国の男爵であるジン・サガラが国を守る為に御相手致そう!」
「アアアアアア!」
一番効くであろう名乗りを告げて不死鳥騎士団の盾を前に突き出し構える。大型スズメバチ亜種は仲間に指示を出さず単身突っ込んで来た。
「ジン!」
危機感の籠ったシシリーの声に反応し咄嗟に身を屈めた。大型スズメバチ亜種の右手に持っていた剣がさっきまで顔があった場所を通り過ぎている。早いだろうなとは思ったけど尋常じゃない速さだ。怒りで我を失っているからこそ余計な考えは一切なく、ただ殺の一文字を完遂する為に飛んで来た。
「っだ!」
「カアアアア!」
ガン! と激しい音を鳴らし振り下ろされた剣とこちらの盾が接触する。相手がもう一度振り上げた瞬間飛び退き体勢を立て直した。だが間髪を入れず斬り掛かってくる。同等若しくはそれ以上のスピードを出すか、足を止めて捌き隙を突くか。
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