エダンの望み
「戦うつもりなんだな?」
「それはまた変わった質問だねジン殿。僕は君と仲良くするつもりで来たとは一言も言って無いよ?」
さっきまでとは一転して無表情でそう語る男。情緒不安定そのもののように見えるが、全てが胡散臭くて心が無い感じがする。恐らく自分で望んで来た訳じゃなく言われて来た可能性があるな。
「お使いご苦労様。回収するよう言われたんだろうがご主人様に伝えるんだな。大型花はジン・サガラが貰い受けるとな」
そう言って改めて身構えると、無表情で首を左右に傾け続ける。シンキングタイムなんだろうけど普通に考えてた方が首傷めないのになぁとか要らぬ心配をしてしまう。
「うーん……君がシンラを不意打ち紛いで倒しただけなのに浮かれているならその挑発に乗っても良いけど、驕るどころか次こそはとか考えてるようだし動きもまさにそれだった。僕は調子に乗った若造をボロカスにして命が尽きる前の目の光を見るのがとても好きだが、そう言うタイプでは全く無いからね君」
「残念ながら若くも無いんでね」
目の前の男は首を動かすのを止め、こちらの言葉が気に入ったのかさっきまでの演技染みたものとは違い普通の笑顔を見せて頷く。
「お互い若造の面倒を見るのは苦労するね。正直なところ僕はシンラより君の方が親近感があるんだよ。研究素材や施設の関係で与しているけどね」
「まさかアンナさんの呪いは貴方が移したのか?」
「どうしてそうだと?」
「シンラは呪いを移すとか興味なさそうだから。アイツは魔法を普及させて竜神教をただの宗教にしたいだけだろうし」
「言えてる。何しろ彼は天才だから難しく考えないでも簡単に呪いを移したり出来る力があるからね。故に君との戦いでの敗北が酷く堪えたようだ。何故負けたのか考え続けているよ。その姿があまりにも滑稽で笑いをこらえるのに必死さ」
「条件が重なって偶々勝てただけ以外の理由は無いのにな」
「冷静に分析出来ていて宜しい。今日会えたのは予想外だが良かったよ。君は監視していた以上に興味深い人物だ」
「……申し訳無いがそうですかと帰す訳にはいかない。呪いを解いてもらうし大型花も回収させない」
「えーっと先ず大型花に関しては回収しない。君と話している間に考えたが回収しない方が面白そうだから。で、呪いの方だけどそれは出来ない。僕は自身に掛かっている魔法を転移させる魔法陣と詠唱を彼に教えたんだが……」
目の前の男曰く、アンナさんの父親であるエダンはアンナさんが留守の間に寝室に魔法陣を描き、アンナさんが就寝したのを見計らって侵入し詠唱したらしい。魔法を行使する為のアイテムを渡しはしたものの、それで何とかなったのは正しく神の思し召しじゃないかと言う。
彼からすると一般の人間、それも欠片も才能の無い人間が魔法を行使した例として興味を持ち、エダンの希望もあって肉体改造を施した。だがやっぱり才能の欠片もなかったので最終的にその結論に至った様だ。
「我々としては成功しない方が稼げたが出来てしまった。シンラにはエダンが魔法を成功させた件は当初黙っていてね。勘違いされて暴走されると面倒だったから。だが肉体改造を希望して彼が訪れた際にバレてしまった……その時は皆で肝を冷やしたものさ。だが自分で触った結果ホラだと思ったようでホッとしたよ」
言葉とは裏腹に楽しそうに微笑む男。一般人が魔法を使えると興奮するのを知っているとなると、例のシンラが魔法を教えた子供の件があった時にはこの男は一緒に居たのだろう。一般人のエダンが間違いなく魔法を使えたと知っていたら、シンラはもっと積極的且つ確実に抑える為にヨシズミ国を攻めた筈だ。
となるとヨシズミ国を攻めたのも、エダンの件があって何処かでヨシズミ国に魔法が使える一般人が居る可能性を信じたくて、アリーザさんの件で介入しようとしたのかもしれない。何にしてもこの男のファインプレーの御蔭で強硬手段に出てこなくて助かった。
「お互いにとって良い結果になって何より。それにしても肉体改造の結果が大型スズメバチの洗脳?」
「その通りだジン・サガラ君。だが彼は雑念が多すぎて大型スズメバチのコントロールは無理みたいだね。だから最終手段を使うようだよ?」
男が指さした方向を見ると、暗闇の中でバリバリと音がしていた。大型スズメバチたちは微動だにせずその場に留まり、ドンドン数を減らしていく。
「まさか捕食してるのか……」
「捕食し大型スズメバチの遺伝子を取り込み、魔法によって人間の遺伝子と組み合わせる。魔法があるからこそ出来た仕事だよ」
あれだけ居た大型スズメバチが一匹二匹と消えていき、半分くらい消えた頃にその姿が露になる。体はほぼ大型スズメバチになっていて、以前会った時に来ていた鎧を身に付け辛うじて顔の右半分がまだ人間だったのでエダンだと分かった。
「何を考えてるんだ」
「一応説明はしたんだ彼のままでは貴族を敬う世界など無理だと。それでも諦めない、何とかしろというのでこの世界で人間より強い生き物である変異種の大型スズメバチを選んで施した。群れが好きみたいだからお似合いだろう?」
エダンだったものはこちらを見ると、手で突き刺した大型スズメバチの頭をリンゴのように噛み、サクサクと食べ尽くすと手で口を拭う。そして彼は大型スズメバチそのものになった。
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